未来へ…… 新井素子著愛する人の存在を取り戻す方法

2015/1/26

「ピンクの振り袖ー。らぶりー」と話すほわっとした娘・菜苗の成人式を迎えた多賀内家。幸福を絵に描いたような祝日、菜苗は「二十歳のお願い」を両親に切り出した。

(角川春樹事務所・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 「お仏壇を、だして」

 菜苗の双子の姉・香苗の仏壇を出すことは、母・若葉のつらい記憶を呼び起こす。たった五歳で亡くなった愛娘。ずっと記憶を封印してきた若葉は、香苗の仏壇を出した日から不思議な夢を見るようになる。

 語り手は現在の若葉、そして一六年前の香苗を失う前の若葉。同じ若葉だが、香苗の死が別の人格にしてしまったよう。愛する人の死が、若葉を変えてしまったのだ。

 本書はいうなれば家庭内SF、娘が生きているはずの世界を自ら取り戻そうとする母の物語。

 夢を通じて過去の自分に交信できると知った若葉は、香苗の死亡原因となったバス事故を回避しようと過去に働きかける。しかし過去の若葉は、未来からのメッセージに反発を覚える。

 未来が確定しているのなら、人生とはいったい何なのか。自分という存在は何なのか。今という時をどんな風に生きても意味がなくなってしまう。

 時々未来を知りたい、と思うことがあるが、すでに決まった未来なら知らないほうがいいことだってある。しかし避けられるかもしれない事故なら避けたいと考えるのも当然。香苗を亡くした若葉の言葉は切実に響いてくる。

 「ひとはね、簡単なことで、死ぬのよ。それこそ、風邪ひいただの、お腹壊しただの、普通のひとがまず絶対に死なないことでも、死ぬひとは、いるのよ。死ぬひとは、死ぬのよ」

 香苗の死の原因が自分にある、と若葉は自分を責めていた。母の言動が香苗一色になることに危惧を覚えた菜苗は、母を現実に引き戻すのと同時に、香苗を救う方法を考えていた。

 夢はあくまで個人が見るものだから、若葉の夢を他者が確認することはできないし、単なる幻想と切り捨てることも簡単だろう。

 物語の終盤、若葉の夢に思いがけない人があらわれ、その人の行動によって過去は修正される。この場面にたどり着いたとき、画が瞼(まぶた)に浮かんで涙した。

 愛する人を失った世界を生きるのは苦しく、悲しい。しかし失ったのはともに過ごすはずの時間で、その人の存在が消えてしまうわけではない。読み終えて、心が温かいものに包まれた気がした。

(女優・作家 中江 有里)

[日本経済新聞朝刊2015年1月25日付]

未来へ・・・・・・

著者:新井 素子
出版:角川春樹事務所
価格:1,944円(税込み)

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