増える保育園 安心できる?

「保育園が近所にできたのはいいのですが、慌てて増やして保育サービスの質が悪くないか心配です」。近所の母親の話を聞いて、探偵の深津明日香は興味をもった。「量を増やすと、質は低下するのかしら」と調査に乗り出した。

サービス、数と質の両立こそ

「保育園は本当に増えてきたのかな」。明日香は保護者の立場から保育所の問題に携わる市民団体「保育園を考える親の会」を訪ねた。代表の普光院亜紀さんは「増えているのは私立の認可です」。認可保育所とは国の基準をクリアした施設。自治体が運営する公立と社会福祉法人や株式会社が運営する私立がある。

「基準を満たした保育園が増えたなら、質は確保されていますよね」と明日香。保育所の質についての定義やデータは乏しく、広さや保育士の人数配置の基準を基に判断するしかない。「一概に私立が悪いわけではないのですが、従来の社会福祉法人や公立は基準を上回って余裕のある運営をしているのに対し、株式会社は最低基準に張り付く傾向があります」と普光院さん。待機児童解消のために、自治体が上乗せしていた基準を緩和するケースもある。

「園庭のない保育園も増えています」と普光院さん。子どもが遊ぶ園庭を確保することは認可基準の一つだが、現在は近くに利用できる公園があれば代替できる。ただ、子どもの声がうるさいとの苦情や複数の保育園が1つの公園を利用するなどで、子どもがのびのびと遊べる状況が確保されているとは限らない。

明日香がデータを見直し、「認可外も増えていますね」とつぶやくと、学習院大学教授の鈴木亘さん(44)が解説した。「政府は主に認可外を増やすことで待機児童を解消してきました。定義上、質が落ちるのは当たり前です」

認可外は、利用者が園と直接契約で自由に価格も設定できる。「民間企業が質が高いサービスをすれば、高所得層が使いそう」と言う明日香に、鈴木さんは「確かに認可外では市場原理が働きます。でも補助金の差が大きすぎるので、認可より質の高いものを作ろうとすると、ものすごく値段が高く見えて、うまくいかない事例が多いのです」。

鈴木さんは「国や自治体が所得に応じて保育に使えるバウチャー(利用券)を配布し、利用者が選んだ保育所を使う際に利用料が軽減されるようにすれば、事業者側に競争が働き、再分配の不公平も是正できます」。最低基準を満たさない事業者ではバウチャーが使えないようにすれば、質を保障できる。認可保育所にかける補助金の金額以下で実施可能な政策だという。

親も参加、改善に一工夫

「競争条件をそろえた上で利用者側が選べることが重要ですね」。納得しかけた明日香に、日本総合研究所の主任研究員、池本美香さん(48)が声をかけた。「でも、保育園は家や職場に近くないと使えません。通わせてみてダメだったから転園するというのも子どもに大きな負担になるので、利用者が選べるようにするのも限界があります」

海外では、保育士と親が定期的に保育の内容について話し合う委員会の設置義務がある国もある。財源が足りなければ親が寄付をしたり子どもが遊ぶ環境の整備や道具を自ら作ったりして保育を改善する仕組みがあり、質の向上につながっているという。「目の前にある保育園の質が高いこと、または入った保育園で質を改善していけることが重要です」と池本さん。

「親がお金などを投じて、保育の質が向上することを期待するのは、市場原理に基づく契約とは異なり、贈与交換と呼ばれる行動です」。慶応義塾大学教授の大垣昌夫さん(56)が解説した。日本でも最近、都内のある大学内の認証保育園で中堅の保育士に定着してもらうため、父母会が保育料の値上げ提案を受けたという事例があったという。

「保育士の処遇が低いことが保育士不足にもつながっていると聞きます」と明日香が聞くと、「経験年数が賃金に反映されないなど、頑張っても評価されない仕組みだと意欲の阻害要因になります」と大垣さん。待機児童が多く、質が多少低くても定員は埋まる。質を上げても園の収益につながらなければ、園も経験豊富な保育士を雇う利点がない。大垣さんは「親との贈与交換や、保育士の経験年数に応じ自治体が補助金を出すことなどが質の向上に有効だと思います」

「今はとにかく待機児童を解消するのが先決に見えるけど」。明日香が保育学が専門のお茶の水女子大学大学院教授、浜口順子さんを訪ねると、「質の低いものをたくさん作ってもお金の無駄遣いですよ」。経済協力開発機構(OECD)は、2006年に出した白書で「幼児教育への投資が国の長期的発展につながる」との見解を示した。

「子どもの成長や発達についての研究や、どのような子を育てたいのかというビジョンに基づいて保育計画を立てている国も多いです」と浜口さん。一方、日本では、質を把握する客観的なデータや研究がほとんどなく、第三者評価を義務付けているのも一部の自治体にとどまる。

「信頼できる預け先がないと安心して働けないわね」。明日香が戻ると「事務所に託児所を作って私が探偵力を教えよう」と所長。明日香は「それは信頼できかねます」。

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学童保育、増える法人運営

政府は小学生が放課後を過ごす学童保育も受け皿を拡大する方針だ。全国学童保育連絡協議会によると、現在全国2万カ所の学童の運営主体は自治体が約4割。認可制がないため法人による開設が増えており、塾や習い事に近い周辺サービスも拡大している。学童の質は確保されるだろうか。

4月に新たに学童保育に参入する阪急電鉄では、学校に阪急タクシーの車が迎えに行き、最長で夜9時まで過ごせる学童を阪急豊中駅に作る。自身も2児の母である松本美樹・経営企画部課長は「本来は学校内でやってもらうのがいいが、公立の学童が終わる時間に間に合う親は少ない。心のバッファーになれば」と話す。宿題をして過ごすだけではなく、子どもが楽しめる課外活動も検討。週5日通うと月4万円程度かかるが、ニーズはあると見込む。

地域によって、学童は「お金を払えば選択肢はある」との状況になりつつある。ただ親の所得で子どもが分断される面もあり、学校や児童館内で安く利用できる学童の質が上がることも重要だ。

東京都北区では昨年、ある母親が他の区の事例をもとに、希望者が夏休みなどの学童で仕出し弁当を注文できる仕組みを提案し、実現した。NPOなどが学童に体験活動を提供する動きもあり、新たな動きを受け入れていけるかが各自治体に問われている。

(経済解説部 井上円佳)

[日本経済新聞朝刊2015年1月20日付]