油や脂肪はエネルギーの源だが、取り過ぎると肥満や病気につながるイメージが強く、若い女性などでは控える例が多い。しかしエネルギー源のほかに、細胞膜の成分になったり、炎症などを制御する生理活性物質を作ったりと重要な役割を持っているので、一定量の摂取が必要だ。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では脂質全体の上限が30歳以上は従来のエネルギー比25%から30%へ引き上げられた。
油や脂肪の役割は脂肪酸と呼ばれる成分によって異なってくる。脂肪酸は化学的な構造から飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に大別される。不飽和脂肪酸はさらに、一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分かれる。このうち飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸は、人間や動物が体内で作ることができる。肉類や乳製品に含まれる動物性の脂肪に多く、主にエネルギー源に使われる。オリーブ油やココナツ油に多いのもこの脂肪酸だ。
一方で、多価脂肪酸のオメガ6(n―6)系脂肪酸やオメガ3(n―3)系脂肪酸は体内で作ることができない。健康のためには食物から取り込むことが必要で、必須脂肪酸と呼ばれる。
オメガ6は揚げ物などの調理に使われる植物油に多く含まれるリノール酸などが代表だ。この脂質が足りないと皮膚がかさかさになったり、精子ができにくくなったりするなどの欠乏症状を起こす。オメガ3は魚油に多く含まれるEPAやドコサヘキサエン酸(DHA)がよく知られている。脳や目の働きに関係が深く、うつ病などの予防にも効果があるとされる。
「必須脂肪酸は生理活性物質として重要な働きをしていることがわかってきた」とお茶の水女子大学の小林哲幸教授は説明する。オメガ6は病原菌などから体を守る炎症反応を促進し、オメガ3はそれを抑える働きと関係が深いという。炎症反応がないと病原菌などから健康を守れないが、長く続くと逆にがんやアレルギーなどを引き起こす危険が出てくる。
厚労省の2015年版の食事摂取基準でも、オメガ6とオメガ3の両方を合わせて摂取すると心筋梗塞のリスクを低下させるが、オメガ6だけだと逆にリスクが高くなる研究例を紹介。オメガ6とオメガ3のバランスが重要で、食事摂取基準では4対1程度の比率が望ましいとしている。ただこれは現在の日本人の平均的な食事から推定した比率だ。小林教授は「伝統的な和食では2対1くらいで、個人的にはこのくらいがよいと思う」と説明する。
飽和脂肪酸でも、摂取量が多くなると心筋梗塞は増える一方で脳出血が少なくなる傾向がある。日本人は欧米と比べると、心臓より脳で病気が起こりやすく、しかも脳出血のリスクが高いという。このため、飽和脂肪酸を減らしすぎるとかえって健康を害する危険性もあるわけだ。「飽和脂肪酸を減らすために乳製品などを控えると、かえって脳出血などの予防効果があるたんぱく質が減ってよくない」と昭和女子大学の江崎治教授は指摘する。
脂質に限らず食品に含まれる成分が人間の健康にどのような影響があるかを調べるのは簡単ではない。食品に含まれる多くの成分から特定の成分だけを取り出して実験するのは難しいからだ。江崎教授は「この成分を多く含む食品を食べる人にはこうした傾向があると言うことはできても、科学的にこの成分にこうした効果があると示せるとは限らない」と注意を促す。
以前は健康によいといわれて盛んに利用されたリノール酸は、現在では逆に食事摂取基準報告書で「リノール酸の過剰摂取で認められた乳がん罹患(りかん)や心筋梗塞罹患の増加は、リノール酸の酸化しやすさ、炎症作用が原因かもしれない」と注意を促している。また、オメガ3のEPAやDHAは「冠動脈疾患や脳卒中にも予防効果があるとされてきたが、最近の科学的研究では(効果があることを示す)統計的な有意差が小さくなる傾向がある」(江崎教授)など、違いが出てくることもある。
「この油がよい」とされると、特定の油だけを多くとりがちだが、偏るとかえって健康を損ねる危険性もある。他の栄養分も考えながらバランスのよい食事を心がけるようにしたい。
(編集委員 小玉祥司)
《ホームページ》
◆脂質の種類や特徴について解説する
一般社団法人Jミルク「ミルク解体新書第6回・脂肪酸学」(http://www.j-milk.jp/kiso/eiyou/berohe000000efh2.html)
◆脂質など栄養素の摂取量の基準を詳しく知りたければ
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討会報告書」(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000041824.html)
[日本経済新聞朝刊2015年1月18日付]