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香川の冬に「まんばのけんちゃん」 野菜不足補う家庭の味

2015/1/7 日本経済新聞 夕刊

「まんばのけんちゃん」。まるで隣町のわんぱく少年の呼び名のようだが、これはれっきとした香川県の郷土料理。高菜を使った家庭料理で、冬の緑黄色野菜不足を補う。地元では学校給食でもおなじみだ。なんとも不思議な響きを持つ讃岐の冬の味覚、まんばのけんちゃんとは――。

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まんばのけんちゃんは「高菜を使ったけんちん料理」

「まんば」は万葉の字を当てる。高菜の一種、三池高菜の香川での呼び名だ。香川県の西部、西讃地区では「ひゃっか」と呼ばれるが、これは一説には百貫がなまったものとされる。一部地域では千葉(せんば)とも呼ぶという。

万葉、千葉、百貫とも、「たくさん葉を付ける」「取っても、次から次へと葉が出てくる」といった意味。緑色の大きな葉で、冬の冷気や霜にあたっているうちに、葉が紫に変色し、食べごろを迎える。

一方、けんちゃんとは豆腐や油揚げを野菜と一緒に炒めた精進料理、けんちんの讃岐なまりとされる。つまり、人のニックネームのような「まんばのけんちゃん」とは「高菜を使ったけんちん料理」だ。この呼び名は高松市や高松より東側の東讃地方で使われる。

同じものが、西讃に行くと「ひゃっかの雪花」というなんとも風流な呼び名になる。崩して散らした豆腐を雪の降り積もるさまに見立てている。

この香川県独特の料理を高松市で料理教室などを開く野菜ソムリエの川村章子さん(39)に作ってもらった。まんばを湯がいてアクを抜いた後、炒めて豆腐や油揚げ、ニンジンを混ぜる。最後にいりこ(カタクチイワシ)のだし汁を入れ、汁が少なくなるまで煮立てる。豆腐は一般的には形を崩すが、この日はサイコロ状にした。

野菜ソムリエの川村章子さんは、スーパーで見た「まんば」に衝撃を受けた

航空会社のキャビンアテンダントだった川村さんは結婚を機に香川県に。2009年にスーパーで初めて見た大きな葉野菜に衝撃を受けた。生まれ育った関西では目にしたことがない大きな葉っぱの野菜。「これは何の料理に使うんですか?」と売り場にいた別の主婦に聞くと「よく知らない」との答えだった。

その後、まんばのことを調べ興味を持った。同時に香川県は一人あたりの野菜摂取量が当時、全国ワーストクラスだと知った。「もっと香川の野菜のことを知りたいし、香川の人にも地元の野菜をもっと知ってもらい、より多く食べてほしい」と思うようになる。川村さんは「自分が野菜ソムリエを目指した、いわば原点となったのが、このまんばという野菜です」と言う。

まんばのけんちゃんは伝統的な郷土料理であるとともに、地元の人にとっては、給食のメニューとしてもおなじみだ。この日、川村さんが作った料理を親子で食べに来た友人の大里由佳さん(40)、菜桜ちゃん(7)も「懐かしい味。子供のころ食べた給食を思い出す」(大里さん)と表現した。

まんばは1枚の葉が大きいのが特徴

別の40代のある主婦は「子供の頃、県外出身の母が給食メニュー表にまんばのけんちゃんの文字を見て何のことか分からず『学校でいったい何を食べさせられているの?』と驚いていた」と笑いながら振り返る。

居酒屋などでも冬になると、まんばのけんちゃんを見かける。高松市の飲食店「しるの店 おふくろ」では大皿から選んでもらう総菜の1つとして、まんばのけんちゃんを週に一度ほど出すという。同店は地元住民のほか単身赴任の会社員らの利用も多く、「他県の人には『これは何?』と珍しがられる」(同店)。

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一方で、食の洋風化などで家庭料理としてはかつてほど作られなくなっているという声も聞く。ある60代の男性は「子供のころは冬の食卓には毎日のように並んでいたが、今は家では食べなくなった」。若い主婦層でも「アク抜きが面倒」などの声も多い。

うどんばかりが話題になりがちな香川県だが、他にもこうした独自で多様な料理がある。全国一狭い県だが、東では「まんばのけんちゃん」とユーモラスに呼ばれ、西に行くと「ひゃっかの雪花」と優雅な名称に変わる郷土料理。将来にわたって独自の食文化と風変わりな名が残せるか。それは現代の香川県民、とりわけ若い世代の手にかかっているのかもしれない。

<マメ知識>煮物に使うのは珍しく
まんばは、主に福岡などで栽培される三池高菜。香川では江戸時代に在来種の「讃岐高菜」があり、まんばと呼ばれていたが、「今は途絶え、代わりに三池高菜が使われるようになったと聞いている」(香川県農政水産部)。讃岐高菜はアクが強く、アク抜きに一晩を費やしたというが、三池高菜は数十分で済む利点がある。
三池高菜は漬物での利用が一般的で、香川県のような煮物にする使い方は珍しい。まんばは11月から翌年の3月くらいまでが収穫期で、スーパーなどに並ぶ。

(高松支局長 岩沢健)

[日本経済新聞夕刊2015年1月6日付]

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