鳩の撃退法(上・下) 佐藤正午著事件の謎解きと洒脱な言葉遊び

2015/1/5

以前こんなニュースを耳にしたことがある。あるカップルが、結婚記念の撮影のため100羽ほどの白い鳩(はと)を飛ばしたところ、近隣住民がそこへつめかけ、放たれた鳩を残らず捕まえてしまった。場所は中国。彼らにとって鳩は美味なる食材なのだ。

(小学館・各1850円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 佐藤正午『鳩の撃退法』に出てくる鳩もまた、平和の象徴とはほど遠い。とはいえ、捕まえて食べようという話ではない。むしろ、一杯食わされるのは読者のほうである。頭から尻尾まで、おかしな小説である。

 地方都市に暮らす津田伸一は、コンパニオンの女性を車で送迎する仕事についていた。あるとき懇意にしていた古書店主の老人が亡くなり、形見のキャリーバッグを受け取ったところ、中に入っていたのは、古本のピーターパンと絵本、それに3千万円をこえる札束だった。老人はなぜ大金入りの鞄(かばん)を自分に渡したのだろうか。

 だが、やがて津田は、働いている店の社長から思いもよらない話を聞かされる。いま町で偽札事件が巻き起こっており、そのお札の出どころは津田自身ではないか、というのだ。しかも、1年前に一家3人が失踪した事件と今回の騒ぎはつながっているらしい。

 本作は、小説家だった津田が、一連の出来事を文章におこしている、というスタイルで出来あがっている。なにか裏社会に関係した犯罪と絡んでいるな、と匂わせつつ、話は現在と過去を行き来するため、なかなか事件の全貌が見えない。主人公同様、読者もまた、パズルの欠けたピースがどういうものか、気になってしかたなくなる。

 一方、頁(ページ)ごとに笑いを誘うくすぐりや気のきいた言葉遊びが連打されており、その面白さだけで読んでいるのが楽しい。たとえば、津田の働く店「女優倶楽部」の女の子二人、司葉子と内藤洋子による会話で、「津田さんこう見えても元作家なんだし、直木賞だって二年連続受賞してるんだから」「嘘。まじ?」とあり、思わず吹き出してしまった。後半、東京中野のバーに舞台を移してからも、抱腹絶倒の場面には事欠かない。

 そのほか古本のピーターパンが男たちの間で回っていく筋立てをはじめ、主人公の勘違いぶりや再起への道など、ストーリーの要約だけでは紹介しきれない妙味が随所につまっている。そして、人物関係の綾と物語の断片がすべてつながるラストの快感。小説ファンにとって本作は、鳩をつかった贅沢(ぜいたく)なご馳走(ちそう)にほかならない。佐藤正午ならではの、洒脱(しゃだつ)で愉快で寓話(ぐうわ)めいた世界をぜひ、ご堪能あれ。

(文芸評論家 吉野 仁)

[日本経済新聞朝刊2015年1月4日付]

鳩の撃退法 上

著者:佐藤 正午
出版:小学館
価格:1,998円(税込み)