ボリショイ・バレエ「白鳥の湖」情感表現深めたスター

スヴェトラーナ・ザハーロワは、いわゆる“舞踊の神に選ばれて生まれて来た”バレリーナである。長い手脚の描き出す造形は息を呑(の)むほどに美しく、冷たい美貌は高嶺(たかね)の花そのもの。登場の瞬間から目を釘付(くぎづ)けにするスター性もあり、新人の頃から幾度となく日本の観客を魅了してきた。だがその到達する情感の深みにおいては、今回のボリショイ・バレエとの「白鳥の湖」に匹敵するものは、かつてなかったのではないか。

ザハーロワ(左)とロヂキン(右)=写真 瀬戸 秀美

花嫁選びを明日に控えた王子は、悪魔の導きで夢とも現実とも判然としない夜の湖畔にさまよい込み、白鳥の化身の乙女オデットと出会う。純白の衣装のザハーロワが羽ばたきながら天を仰ぐと、それはまさに、王子が希求する理想の愛そのもの。安全圏を遥(はる)かに超えたところでの強く引き絞られた踊りに、それだけでも陶然とさせられる。

だがさらに素晴らしいのは、規範を超えたとも思わせるその型の美の合間に、王子に預ける頭の角度、振り返る肩先の一瞬のためらいなどが表現する、じつに繊細な味わいが流れ続けていたことだ。古典バレエ屈指のこの名場面を、神秘に包まれた愛の情景として描ききったところに、現在の彼女の円熟を感じる。オデットそっくりに装った黒鳥オディールとして王子を誘惑する場面では、優雅、媚態(びたい)、拒絶と猫の目のように表情が変わり、これもまた至芸の域。

日本での王子役はこれが初というデニス・ロヂキンは、気持ちが自然に音に乗った踊りで好演。アルテミー・ベリャコフの悪魔に背後から操られる男二人のユニゾンにも、不吉な緊迫感があふれた。劇場付きオーケストラ(パーヴェル・ソローキン指揮)の演奏も見せ場で肚(はら)に響き、名演を大きくもり立てた。11月24日、オーチャードホール。

(舞踊評論家 長野 由紀)

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