競争の科学 P・ブロンソン、A・メリーマン著「足ることを知る」力の獲得法

2014/12/3

テニスプレーヤー錦織圭の活躍に一喜一憂した人は多いはずだ。今年に入ってからの活躍はすごかった。往年の名選手マイケル・チャンによるメンタル面でのコーチングが大きいといわれている。

(児島修訳、実務教育出版・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書の狙いは、「競争能力が何であり、どのようにしてそれを獲得できるかについて」の探求とある。メンタルトレーニングもその視野に入る。日頃鍛えた実力を、ここぞというときに発揮できるかどうかが勝負の分かれ目になるのだ。ただし本書は安易なハウツー本ではない。

 書名に「科学」の二文字があることから、バリバリの脳科学の本にも見える。しかしそうではない。ホルモンの作用なども紹介されてはいるが、心理学、ゲーム理論など、さまざまな視点が検討される。

 たとえば、すべてのゲームで勝ちを狙うのは得策ではないし、だいいち不可能だ。そこで著者は「適応競争力」という言葉を出す。これは、何にでもしゃかりきになるのではなく、自らの守備範囲でのみベストを尽くし、足ることを知る能力である。上を見てもきりがない、下を見ていては向上はないという常識的な処世訓なのだが、勝負がかかると常識はどこかにいってしまう。

 リスクにかけるか、コスト・ベネフィットを計算するかでも個性が出る。その選択には男女の違いもあるとか。あるいは、家族内の生まれた順も個性を決める。

 さまざまな事例が紹介されているが、いちばん印象的なのは北京オリンピック、男子水泳自由形400メートルリレー決勝のアメリカチームだ。アンカーのジェイソン・レザックは、自己最高はもちろん、現在の世界記録をも上回る記録でチームの逆転勝利を導いた。

 プレッシャーの中で最高のパフォーマンスができる能力。これには、遺伝的な資質、個人的な鍛錬、チームワークなどさまざまな要因がからむ。しかしこれは、レザックという唯一無二の個性でたった一回だけ起こった化学反応である。

 ならばそこに「科学」の出番はあるのか。じつは、普遍の真理を見つけることだけが「科学」ではない。複雑に絡む要因を解きほぐすこと、それも「科学」なのだ。

 身を投じるべき競争を選ぶことでベストのパフォーマンスを目指す。そんな主体的な生き方をすべし。そう呼びかける本書は、ある意味で良質なハウツー本なのかもしれない。

(筑波大学教授 渡辺 政隆)

[日本経済新聞朝刊2014年11月30日付]

競争の科学――賢く戦い、結果を出す

著者:ポー・ブロンソン, アシュリー・メリーマン
出版:実務教育出版
価格:1,728円(税込み)

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