冬を待つ城 安部龍太郎著戦国の謎 九戸政実の乱に迫る

2014/12/1

豊臣秀吉がほぼ天下統一を成し遂げようという時、奥州北端の地で起こった乱は、今も戦国最大の謎といわれる。

(新潮社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 南部家の武将九戸政実(くのへまさざね)が、わずか3千の兵力で、秀吉軍15万の大兵力と立ち向かったのである。どこからどう見ても勝ち目はない。にもかかわらず、なぜ政実は戦に踏み切ったのか、また秀吉はどうしてこれほどの大軍を差し向けたのか、この乱の歴史的解明はほとんど進んでいないという。

 本書はその解明に一石を投じる画期的な一冊だ。

 そもそも奥州は、理不尽な犠牲ばかりを強いられてきた歴史的背景がある。「我が奥州は長い間、中央からの侵略にさらされてきた。阿倍比羅夫、坂上田村麻呂、前九年の役、後三年の役、源頼朝。そのたびに我らの先祖と奥州の大地は、屈服を強いられ屈辱に泣いてきたのだ」

 本書の中でも、ある人物が万感込めて無念の思いを語っている。さらには、そうした歴史を承知の上でなお中央権力に従うのは、誇りを捨てて奴隷になるということなのだ、と。

 本書における中央とは、もちろん豊臣秀吉である。

 天正18年(1590年)、20万の軍勢をもって小田原城を攻め落とし、北条氏を滅ぼした秀吉は、そのまま奥州まで兵を進め「奥州仕置き」をおこなったのだった。ひとつの国にひとりの領主という国分けで、これに異を唱えることは、すなわち天下への謀叛(むほん)人となる。

 しかし政実は、この「奥州仕置き」の意味と真の狙いを正しく見抜いていた。秀吉は近く朝鮮への出兵を画策しており、そのための人足を奥州から徴発しようとしていたのである。というのも、朝鮮の冬は冷え込みが厳しく、寒さに慣れた者でなければ役には立たない。寒さに強い奥州の民は、まさに理想的な人足と言えたのだ。

 だが、そんな人狩りが実行されれば、奥州の村々はほとんどが根絶やしになってしまう。それゆえ、この仕置きと下知には、絶対に従うわけにはいかなかった。

 奥州人としての意地と誇り、さらには積年の恨みと怒りが、九戸一党を突き動かしたのである。しかしながら、どうも政実は秀吉軍15万(当初は6万)を相手にしても、負けるつもりはなかったようなのだ。

 そこで政実が取った方法は、徹底した籠城戦であった。

 胸がすくと同時に、痛みも走る。大義ある者たちの行動は、かくも壮烈で美しい。静かな興奮がそこにある。

(文芸評論家 関口 苑生)

[日本経済新聞朝刊2014年11月30日付]

冬を待つ城

著者:安部 龍太郎
出版:新潮社
価格:2,160円(税込み)

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