少女霊異記 高樹のぶ子著仏教説話で謎解く現代の事件

2014/11/25

総じて説話集は好きだが、なかでも『日本霊異記』は格別だ。正式名を『日本国現報善悪霊異記』。ここでは略して『霊異記』と呼ぶが、1200年ほど前に薬師寺の僧・景戒が書いたというこの日本最古の仏教説話集には、後代の『今昔物語』などにはない古びた梵鐘(ぼんしょう)のような風格と重厚さがある。なにより「霊異(りょうい)」という言葉の響きが呪術的な怪しさを誘う。作者もまた、『霊異記』の魅力に取り憑(つ)かれた一人なのだろう。なんと、1200年前の霊異を現代によみがえらせてしまった。

 ヒロイン高畑明日香は薬師寺に勤める20代の女性。地名フリークで、「ケイカイ」と名づけたカラスをペットにして、奈良町の古民家で一人暮らしをしている。そんなちょっと風変わりな彼女の身辺に不思議な出来事が起こり、その謎を追ううちに、現代の事件が『霊異記』の世界と重なっていることに気づく、という設定のミステリー仕立ての連作が6篇(ぺん)。現代の病んだ家族や未熟な少女間のトラブルといった問題が、遠く奈良時代の伝説の世界へと通じてしまうのだ。

「物語」とは、由緒正しい「カミ」ではなく得体(えたい)のしれない霊である「モノ」たちの語りなのだ、という説がある。いわば『霊異記』という「モノガタリ」の「モノ」が彼女に取り憑くのだ。取り憑かれた彼女は時をさかのぼって謎を解かねばならない。地名に封じ込められた歴史を手がかりにしたり、カラスの「ケイカイ」が神武天皇を導いた「八咫(やた)烏(がらす)」のように導いてくれたりするが、一番肝心なのが『霊異記』の読解であることはいうまでもない(ただし、『霊異記』の説話は現代語訳で紹介されるので読者はご安心を)。

 古来、清浄な少女は霊的世界と交信する特殊な能力に秀でているとみなされてきた。作者が『少女霊異記』と題したゆえんだろう。だが、次々と現れる不思議な事件を解決するかたわら、彼女の「レンアイ」も進行する、という設定だ。やがて彼女は「大人びた表情の女」へと変貌していく。これはヒロインが『少女霊異記=少女領域』を脱して「大人」へと成長していく物語にもなっているのである。

 しかも彼女が最後に解く謎は、有名な道鏡と称徳女帝との「恋」の真相。俗説の餌食になって来た二人の関係を彼女がどう解いたかはここには書かずにおくが、その謎解きは同時に、『霊異記』の作者・景戒の執筆意図の謎解きにもなっている。実に心にくい仕掛けである。

(文芸評論家 井口 時男)

[日本経済新聞朝刊2014年11月23日付]

少女霊異記

著者:高樹 のぶ子
出版:文藝春秋
価格:1,620円(税込み)

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