祖父はアーモン・ゲート J・テーゲ、N・ゼルマイヤー著ナチ収容所長の孫がルーツ探索

2014/11/19

映画『シンドラーのリスト』の主人公シンドラーの敵役、プワショフ強制収容所所長アーモン・ゲートは、「プワショフの虐殺者」と怖(おそ)れられていた。敗戦直後アメリカ軍に逮捕され、ポーランドの裁判所で8千人殺害と数百人の処刑などの罪状で、死刑の判決を受け、1946年9月、絞首刑に処される。

(笠井宣明訳、原書房・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ジェニファー・テーゲは、70年、ドイツ人の母親とナイジェリア人の父親の間に生まれ、生後間もなく、カトリックの女子修道院付属育児院に預けられる。3歳で里親の家庭に移され、7歳でそこの養子となる。2人の兄弟を含む5人家族。やがてテルアビブ大学に進学。卒業後ハンブルクで勤務先の同僚ゲッツ・テーゲと結婚し、2人の息子の母親となる。

 ジェニファーが38歳のときに、中央図書館で、偶然、「モニカ・ゲートの人生」という副題の本(邦題『それでも私は父を愛さざるをえないのです』)を見つける。「モニカ・ゲート」は7歳の時までの実母の名前だ。こうして彼女のルーツ探索が始まるが、最も暗澹(あんたん)たる事実が判明する。自分は、他ならぬ「アーモン・ゲートの孫娘」だったのだ。

 ところで、ドイツでは、敗戦直後から、戦争体験者のあいだではナチスに関して「何も知らなかった」が口癖であった。しかし、後に「68年の世代」と呼ばれる学生運動が提起した「戦争責任問題」が従来の偽善的な姿勢への猛省を促す。ナチス高官の子ども達のあいだに動揺が広がるが、その孫の世代は冷静に対応する。

 たしかに、ジェニファーは孫の世代に属するのだが、突然、突き付けられた「ナチス犯罪者の孫娘」という烙印(らくいん)とどう向き合っていくべきか。今までの人種差別、産(う)みの親に見捨てられたという疎外感とは全く別種の宿命的な悲哀と恥辱であった。

 学生時代の友人アナトの息子たちがポーランドの旧強制収容所を見学する修学旅行に出かけ、それにアナトも同行するという。ジェニファーの現地合流も許される。生徒たちは現地に向かう途中のバスの中で『シンドラーのリスト』を見て、プワショフ収容所跡に到着する。いよいよ彼女が参加者の前で「アーモン・ゲートの孫娘」として今までの人生を語り、その後の活発な質疑応答。そして慰霊碑に全員で献花、イスラエル国歌「ティクヴァ(希望)」の斉唱が続く。こうして彼女のルーツ探索の旅が静かに幕を下ろす。

 彼女に科せられた「茨(いばら)の道」に立ち向かう真摯な姿勢、これは感動を呼ぶであろう。

(法政大学名誉教授 川成 洋)

[日本経済新聞朝刊2014年11月16日付]

祖父はアーモン・ゲート: ナチ強制収容所所長の孫

著者:ジェニファー テーゲ, ニコラ ゼルマイヤー
出版:原書房
価格:2,700円(税込み)

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