ラテンアメリカ 越境する美術 岡田裕成著宗主国との文化のせめぎ合い

2014/11/18

「構図」がしっかりしている。本書を壁画に見立てるなら、正面奥から順に、ヨーロッパ人による新大陸の征服、植民地時代、さらに、その後の独立達成までが精密に描かれ、画面の端には現在の日本を背にして立つ著者とおぼしき人物がいる。彼の口からは吹き出しにも似たカルトゥーシュ(バロック建築・美術で用いられた装飾枠)が中央に向かって伸び、そこにはしっかりした字体で「グローバル」と書いてある。著者が縦軸と呼ぶのはこうした図柄だ。

(筑摩書房・2700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 興味深いのは、歴史の縦軸と絡み合いながら左右に伸びる横軸である。縦軸の枠内で、と自己規制するが、著者はラテンアメリカ各地の絵画や建築、芸術家らに関する記述をちりばめる。そしてそれらを互いに対比させ、地域の事情をにらみながら、固有の問題、その土地ならではの現象を読み解く。

 ところで著者はなぜそれほどまでにラテンアメリカの美術にこだわるのだろうか。

 本書には絵画や建築の写真が100枚以上も挿入されている。しかし、どう贔屓(ひいき)目に見てもそこに「ラテンアメリカのダ・ヴィンチ」や「メキシコのベラスケス」「南米のエル・グレコ」などと呼ぶに足る芸術家の姿を見出(みいだ)すことはできない。

 おそらく著者でさえ「それでも美はある」などと強弁することはないだろう。彼がラテンアメリカの美術に期待するものは、美でも美の本質に向かう議論でもない。征服期から独立期までに制作されたラテンアメリカの絵画や建築物の絵解きをしながら、異文化がせめぎ合う過程とその結果を明確に跡付けること、言い換えれば、ヨーロッパの覇権下で展開した宗主国と先住民との間の異文化交渉のプロセスのあり方を実例を挙げて解明すること。それこそが、著者が目指してきたものだった。

 覇権や異文化交渉は、大航海時代の専売特許ではない。酷似する状況は、いま私たちが住む日本にも存在している。著者は、本書の随所でカルトゥーシュ風に「グローバル」と書き込む。なるほどラテンアメリカの美術史を見れば、大航海時代に始まった世界システムが、今の時代にも、影を落としていることがわかる。ポストコロニアリズム、動きの鈍い「多文化共生」といった形でそれは潜行している。地球規模の文化の越境はやはりどの時代も同じだ。

 美術と聞くとやたら身構え、ヨーロッパの目で見た「美」を人類普遍の美と錯覚してしまう人が多い。本書は、美術をもっと身近にし、楽しく付き合う方法を教えてくれる。

(南山大学教授 加藤 隆浩)

[日本経済新聞朝刊2014年11月16日付]

ラテンアメリカ 越境する美術 (単行本)

著者:岡田 裕成
出版:筑摩書房
価格:2,916円(税込み)

今こそ始める学び特集
今こそ始める学び特集