フレンチの長い料理名 もうひるまない
主な食材名は冒頭表記
伝統的なフランス料理店での食事は、食前酒を注文するところから始まる。グラスを傾けながら、メニューを読み解いていこう。メニューは店によっては2種類ある。1つは女性客や接待先の相手に渡されるもので価格がない。男性客やホストは価格入りを見る。
料理はコース数種類とアラカルト(単品)に分かれる。このうちアラカルトについて、ホテルオークラ東京(東京都港区)の老舗レストラン、ラ・ベル・エポックで、実際のメニューを見せてもらった。
「アラカルトは、好きなものを自由に選んでもらえればいい」。シェフの山本克哉さんは言う。前菜には例えばこんな1品がある。
「フランス産フォアグラのテリーヌ トリュフとブッフサレ リ・ド・ヴォとレンズ豆のガトー仕立て」
料理名の冒頭には、その料理に使っている主な材料や調理法などが書かれることが多い。次には、付け合わせやソースなどの情報が続く。この前菜で言えば「トリュフ(きのこの一種)とブッフサレ(ここでは牛もも肉を低温調理したもの) リ・ド・ヴォ(子牛の胸腺肉)とレンズ豆」までがフォワグラに組み合わせられた食材だ。
分からなくても無理ないので気軽にサービス係に尋ねてみたい。異国の食材をめぐる会話は食事の時間を豊かにしてくれそうだ。
次に、主菜の2品。まずは魚料理の「オマールブルーのソテー 野菜添え クリーミーなソースアメリケーヌ」だ。これも主な材料が冒頭で分かる。オマールブルーは最上級のオマール海老。末尾の「ソースアメリケーヌ」もポイントだ。オマール海老の汁を利用したソースで、「米国人がオマール海老を好んだのでこう名付けたとの説がある」と山本さん。ソースは多彩で名前に個性があるので、この点も係に尋ねたい。
最後に肉料理から「特選和牛フィレ肉のパイ包み焼き"ウエリントン風"」。気になってくるのは「~風」という表記だ。「フランス料理では、人物や土地にまつわる料理に『~風』という表記を使うことが多い」(山本さん)。ウエリントンは、ナポレオンにワーテルローの戦い(1815年)で勝った英国の将軍。彼の好みに合わせて考案された料理にこの表記が施される。
こうした表現はフランス人でも知らないものが少なくない。店の人に尋ね、料理にまつわる歴史や逸話を理解すれば、いっそう思い出に残りそうだ。
店の世界観も読み解く
メニューの書き方は1990年代後半から大きく変化している一面もある。若手シェフが斬新な料理を創作する街中の店などで、伝統的な表記の仕方にこだわらず、自由な書き方で店の料理の世界を表現するようになってきた。
料理評論家の山本益博さんによれば、一つの長い文で料理名を表現するのではなく、主な材料の名前だけ簡潔に記し、その次の行に付け合わせなどを簡単に書く店が増えている。さらに最近では主な材料の名前だけしか書かないところも出てきている。
海外の先端のレストランでは、例えば日付や主な材料名とシェフのサインだけ書いた紙をわざと丸めてテーブルに持ってくる店もあるという。まるで丸めて捨てるかのように現在の料理を否定し、いつも新作に挑戦しているというメッセージを込めているようだ。
また別の店では、古い時代の料理を現代的によみがえらせ、メニューを見れば料理の歴史を読み解けるような店もあるという。「メニューはとても大事。そこに表現されたシェフの世界を楽しみたい」と山本さんは言う。
(編集委員 平田浩司)
[日経プラスワン2014年11月1日付]
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