女性が4分の3占める「非正規公務員」 遠い処遇改善
新型コロナウイルスが全国で猛威を振るう中、行政サービスにあたる地方公務員。窓口など最前線で対応する職員の多くは非正規で、4分の3を女性が占める。2020年4月に非正規公務員の処遇改善を目的に「会計年度任用職員」制度が導入された。約1年半がたった今、彼女らの労働環境は変わっているのだろうか。
ボーナス支給の一方で月収カット
「リンショクさん、よろしく」。ある地方都市の庁舎。窓口に住民が訪れると、担当課の正規職員が女性職員に対応を促す。リンショクさんとは非正規の「臨時的任用職員」のことだ。地方公務員法などの改正を受け、20年4月から臨時・非常勤職員の多くは会計年度任用職員に移行した。だが職場内で定着した「リンショクさん」との呼称は変わらない。
関西地方の市役所に週4日パートタイムで勤務する40代女性のAさんも、リンショクさんの一人だ。市内の高齢者宅を訪問し、支援が必要な場合に行政や医療機関につなげる業務を担当。コロナ下でも、対面による感染への不安を抱えながら戸別訪問を続ける。
「日々の業務量はフルタイムの正規職員とほぼ変わらない」とAさん。だが待遇面では大きな差がある。社会福祉士の資格を持つAさんの年収は300万円ほど。会計年度任用職員への移行に伴い、昨年夏から期末手当(ボーナス)が支給され始めたが「旧制度では月収にボーナス分が含まれていた」という説明で、月の手取りは数千円減った。今夏のボーナスは2万数千円ほどで、月収のカット額の合計(半年分)を下回り「新制度でむしろ年収が減ってしまいそう」と嘆く。
ワクチン接種も正規職員が優先で、Aさんらには「まだ案内すらない」。結局、自らクリニックを探して接種した。「コロナ禍で正規と非正規の溝がより深まった感がある」と話す。
非正規公務員とは、Aさんのようなパートタイムや有期契約の職員を指す。従来、特別職非常勤職員、臨時的任用職員、一般職非常勤職員の3つに分かれ、自治体によって運用がバラバラだった。このため非正規の法的地位を明確にし、ボーナスや退職金の支給など処遇改善を目的に導入されたのが会計年度任用職員制度だ。全国に約69万人いる非正規公務員の9割にあたる約62万人が、20年4月から会計年度任用職員に一本化された。そのうち女性が8割弱を占める。
半数超が「年収200万円未満」
だが導入から約1年半が過ぎた今も、処遇改善にはほど遠いのが実情だ。
非正規公務員や研究者らでつくる民間団体「公務非正規女性全国ネットワーク(通称・はむねっと)」が4~6月に行った調査では、回答した1252人のうち昨年の年収が「200万円未満」の人が半数超。全体の77%は年収が250万円に満たなかった。
総務省の調査では、4分の1の自治体が「制度改正前よりも給料水準が下がった職種がある」と回答した。地方自治総合研究所(自治総研)の上林陽治研究員は「新制度導入でパートにも期末手当を支給する代わりに、時間給を引き下げるなどして効果を帳消しにしている」と分析する。
背景のひとつとして、ある総務省幹部は「各自治体の行政改革の中心が人件費削減となり、世論を気にする首長が総人件費の増加を嫌がる傾向がある」ことをあげる。総務省は「期末手当の支給を理由とした給料抑制は改正法の趣旨に沿わない」と通知している。ただ実態は自治体の裁量任せといえ、国・自治体双方が改正法の趣旨徹底を図る意識が低いことが、非正規の処遇改善と逆行する現場の動きにつながっている。
上林研究員は「公務員の非正規化は、相対的に賃金の低い女性への依存を前提に進展してきた」とも話す。家計の補助的に働く女性を雇用や人件費の調整弁とみなす姿勢はいまだ根強い。
処遇改善に取り組む自治体も
もちろん非正規の処遇改善に向け、着実に取り組む自治体もある。長野県小布施町は、全職員の7割にあたる238人が会計年度任用職員だ。新制度導入に伴い、パートタイムの非正規職員にも給料水準を維持した上で1.45カ月分のボーナスを支給。今年度はさらに上乗せし1.8カ月分とした。昨年度の人件費は全体で約7千万円増加した。
周辺自治体との合併を選択しなかった同町では、厳しい財政状況の中でも住民サービスを維持するため、正規職員を10年間で約2割削減。一方で地域住民を非正規として積極的に採用してきた。大宮透総務課長は「高い専門性を要する基幹的業務も非正規が担っているが、現状でも最低賃金に近い水準だ。財政上の制約はあるが、昇給も含め少しでも待遇改善につなげる努力を続けたい」と話す。
自治体が「財政の健全化」と「行政サービスの多様化」という二律背反する役回りを迫られる中、そのしわ寄せは新制度移行後も非正規の大半を占める女性らに向かう。はむねっとの調査では94%が「将来に不安がある」と回答した。
自治総研の上林研究員は、非正規公務員の処遇改善の選択肢として「個人の専門性を重視した『ジョブ型』雇用の導入」を提示する。「(非正規職員を)無期雇用に転換して雇用の安定性を高めつつ、職種の限定や勤務時間などの条件を明確に定め、職務に対して公平な評価をすることが求められる」と訴えている。
低待遇のまま孤立する非正規の女性たち。その声に労働組合は耳を傾けてきたのだろうか。連合の神津里季生会長に実情を伝えると、非正規への取り組みを「道半ばのだいぶ手前」と率直に認め「コロナ禍での気づきをどう生かすか、労組も問われる」と語った。共に働く非正規の不安を見て見ぬふりしてはいないか。「決してそんなことはない。解決は連帯からしか生まれない」とする神津氏の言葉は、コロナ後の労組の存在意義にも直結する。
(飯塚遼)
[日本経済新聞朝刊2021年9月20日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。