2021/8/30
とはいえ2人だけで子育てができたわけではない。共働きで大事なのは「頼ること」と、声をそろえる。
愛育病院元院長 堀口貞夫さん

貞夫さん「近くに住む妻の母親やお手伝いさんの手も借りて、総出で子どもを育てました。産婦人科医は急なお産で呼び出されることも多い。家を空ける時間が長いときもあって、両親だけの子育てだったら子どもたちにさみしい思いをさせていたかもしれないね」

「平日は毎日お手伝いさんに来てもらって、朝ご飯などできることは自分たちでやるというスタイルだったな。2人とも夜まで帰ってこられない生活だから、頼れるところには頼るというのはごく自然な流れでした。その分、お金はかかりました。1人分の給料が消えるくらい。でも、そのおかげで仕事をする時間が確保できたから、もったいないと思ったことはないな」

雅子さん「子育てをした1970年代当時は『3歳までは親が面倒を見ないとまともな子に育たない』という考え方が世間では主流でした。保育所の数も当然少なかった。そんな中でも私たちは0歳から保育所に預けたの。とても良く面倒を見てくれる保育所に恵まれて仕事を続けられたわ。働く女性にとって頼れる場所があることは大事なこと。助けられた経験があったので、当時勤務していた虎の門病院内に保育所を設営するため、力を尽くしました」

日本は性別による役割分担意識が根強い。女性の活躍推進のためにも、男性の家事・育児参加が求められる。その覚悟を持つ一方で、仕事でも家庭でも「無理をしない」ことをすすめる。

雅子さん「共働きで頑張る夫婦に伝えたいのは、ルーズにやってほしいということです。実は私たちは教育方針や家事分担についてかっちりと話し合ったことはありません。話し合いで埋められないことも、とっても多いからね」

貞夫さん「できないことは無理をしないのが良いね。僕は学校の保護者会で代表に選ばれ、後からお断りしたこともありました。事情を丁寧に話せば相手も理解してくれます。これは仕事も同じ。病院に一晩泊まらなければいけない当直は免除してもらっていましたね。代わりにみんなが避けたがる年末年始は引き受けました。コミュニケーションをとって柔軟にできることをやっていけば良いんだよ」

雅子さん「男性は、それまで育ってきた環境よりもやらないといけないことが増えるかもしれないわね。それは共働き家庭である以上、覚悟しなくてはいけません。でも無理をすることはありません。仕事と子育て、手が回らない時もある。少しくらい部屋が散らかっていても目をつむるくらいの気持ちでやれたらいいわね」

何気ない日常が思い出に
 取材中、アルバムを広げながら話してくれた雅子さんと貞夫さん。2人の幼少期や両親との家族写真、結婚後の何気ない日常など一枚一枚丁寧に収められている。目を細めながら思い出話をしてくれる姿に、家族を思う気持ちこそが仕事や子育てを頑張る原動力なのだと感じた。

 子どもたちが小学生の頃のこと。長期で休みを取れず、旅行に行くのは難しかったが、近所に住む雅子さんの姉夫婦宅の庭にテントを張り、家族で一晩を過ごしたという。「小学校の同級生が通りかかって『堀口、いいなあ!』と言われたときは子どもたちも自慢げだったよ」と貞夫さんは振り返る。時間がなくても工夫次第で、記憶に残るあたたかい思い出は作れるのだと語ってくれた。
(下川真理恵)

[日本経済新聞朝刊2021年8月30日付]