タイ現法社長時代 人事改革案巡り現場から「帰れ!」東洋インキSCホールディングス 高島悟・社長(下)

労働争議のわだかまりが消えるまで、1~2年はかかった(前列中央が高島氏)
労働争議のわだかまりが消えるまで、1~2年はかかった(前列中央が高島氏)
■高島君、困るよ

営業職としての手応えを感じながら36歳で帰国し、国際部企画グループのグループリーダーになりました。欧州メーカーの担当者とM&A(合併・買収)案件について議論しましたが、まるで話についていけません。このままではまずいと社会人向けのビジネススクールに通いました。

私以外にも同じ部署の4人が、平日夜や週末の時間を利用してファイナンスなどを学びました。もっと外で学ぼうと、接待費の予算を全て教育訓練費に変えてしまいました。

ある時、担当役員から「高島君、これは困るよ」と言われましたが、経営の視点を学ぶ必要性を力説し、会社が学費の3分の2を負担する制度ができました。このとき学んだ知識は、後のタイ現地法人社長や実際の買収で役立ちました。

■タカシマは帰れ!

44歳でタイ現地法人社長に赴任する間際、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏のエッセー「アジアの奇跡という幻想」が目に留まりました。「アジアの成長は先進国による経営資源の投入によってのみなし得た」という一文です。これに強く反発し、タイの人たちとタイ法人を自立して稼げる会社にすることを目指しました。

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あのころ……
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