赴任早々、従業員の待遇の一部を業績連動にする人事改革案を提示しました。もうけた分を給料として還元し、意欲向上につなげる狙いでしたが、話が急すぎて労働争議になりました。工場前で従業員が掲げるプラカードには、タイ語で「タカシマは帰れ!」と書いてありました。
労使間で交渉を重ね、生産への影響は最小限に抑えられたものの、本当の問題はその後です。労働争議に参加しない従業員もいたため、分断を招いてしまったのです。人事改革の狙いとメリットを地道に説明し続けましたが、融和に1~2年はかかりました。
■なんとかなるさ
タイには「マイペンライ」という言葉があります。日本語にすると「大丈夫、なんとかなるさ」という意味で、タイのおおらかさを表しています。最終的に仲良くなったタイ人従業員から実家に招かれ、高床式住居に泊まらせてもらったり、濁り酒やバッタの甘露煮をいただいたりしました。
上に立つ者が大事にすべきことは米国やタイで学びました。会社が成長し続けるには、客観的で合理的な議論が忖度(そんたく)抜きにできないといけません。現場に耳を傾ける姿勢を忘れれば、どんな計画も独りよがりになります。全社の経営を担う立場になった今こそ、そのときの経験を日々の意思決定に生かしたいと考えています。
あのころ……
2000年代前半のタイはアジア通貨危機の影響から抜け出し、再び高度経済成長期に突入した。現地では多くの日系企業が進出を競った。東洋インキグループはそれまで手がけていた印刷用インキに加え、食品パッケージやプラスチックの着色剤などの事業を広げていった。
[日本経済新聞朝刊 2021年8月4日付]