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山形浩生氏が『一般理論』のエッセンスをまとめた「超訳」(右)と大野一氏による新訳

誰もが聞いたことがある必読の名著だが、多くの人は途中で挫折し、めったにちゃんと読み通されない本がある。ジョン・メイナード・ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)が典型だろう。

なにしろ難解だ。経済学の初心者向けではなく、当時の経済学者らに論戦を挑むために書いた本だ。英上流階級のインテリらしく、反語や二重否定など複雑な構文や皮肉を込めた表現を多用。議論は頻繁に脇道にそれ、何が言いたいのか読者は迷子になりがちだ。

翻訳もハードルを高くしてきた。塩野谷九十九が41年に初めて訳し、83年に息子の塩野谷祐一が新たな訳を発刊(ともに東洋経済新報社)。2008年には間宮陽介訳が岩波文庫から出た。これらの経済学者の手による翻訳は英語を忠実に日本語に置き換えた逐語訳に近く、決して読みやすいとはいえない。

そんな原著を身近にする翻訳が相次いで発刊された。『超訳 ケインズ「一般理論」』(21年3月、東洋経済新報社)は翻訳家の山形浩生氏が手掛け、凝縮したエッセンスを日常語で分かりやすく訳した。「『一般理論』のいちばんの基本の部分を、原文に即してわかるようにしたかった」。山形氏はいう。

山形氏は『一般理論』の要約(11年、ポット出版)や全訳(12年、講談社学術文庫)も手掛けたケインズの第一級の読み手だ。後段の長文の解説は、初心者が理解を深めるための格好の手引きだ。難解である原因のひとつが、数式も使わず議論が「大ざっぱで雑」なところに起因すると喝破。だがケインズ自身が厳密な理論体系をあえて追求しておらず、だからこそ書かれた大恐慌時代から環境が変わった今も通用する古典になったという。

翻訳家の大野一氏は『雇用、金利、通貨の一般理論』の題名で読みやすさにこだわった新訳を出した(21年4月、日経BP)。大野氏は「頭のいい人が冗舌に話すような文体」と評し、「原著の複雑さを含め、平易な言葉で過不足なく訳すのをめざした」と話す。

発刊から85年を経ても『一般理論』の存在感は増すばかりだ。各国が「小さな政府」を標榜した1980年代、公共投資による需要創出を説くケインズ理論は死んだと言われた。だがリーマン危機後の不況の処方箋として完全に復活した。「超訳」を企画した東洋経済新報社出版局の矢作知子氏は「各国が『大きな政府』に向かうコロナ禍の今だからこそ、ビジネスパーソンも気軽に手に取れる解説本を出したかった」と話している。

(編集委員 川崎健)

[日本経済新聞2021年7月31日付]

超訳 ケインズ『一般理論』

著者 : ジョン・メイナード・ケインズ
出版 : 東洋経済新報社
価格 : 1,870 円(税込み)

雇用、金利、通貨の一般理論

著者 : ジョン・メイナード・ケインズ
出版 : 日経BP
価格 : 2,860 円(税込み)

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