中小企業でも育休取りやすく デンマークに工夫学ぶ
ダイバーシティ進化論(山口慎太郎)
今年6月、男性の育休を促す改正育児・介護休業法が成立した。男女を問わず育休を取りやすくすることは、家庭と職場の両方における男女共同参画の助けとなるだろう。一方で、育休制度の充実は、中小企業の業績悪化につながるのでは、という不安の声もある。
こうした不安は日本に限らない。米国で有給の育休制度が整わない背景には企業側の根強い反対があるし、欧州でも育休改革には一部企業からの反対があった。実際、育休取得は中小企業の業績に影響を及ぼすのだろうか。
この点に切り込んだのがデンマークで行われた研究だ。従業員30人以下の企業約1万6000社を調べたところ、売り上げ、利益、倒産のいずれにおいても、育休取得は悪影響を及ぼしていないことがわかった。
ただしその背景にはスムーズな人員調整があった。一時的に外部から人を雇い、さらに既存の従業員の労働時間を増やすことで、全体としての仕事量を減らさなかったため、業績に悪影響が及ばなかったのだ。
円滑な人員調整を実現するための鍵は2つある。
1つ目は、十分な準備期間だ。育休は取得の時期が数カ月前から分かるため、計画的な人員調整を行うことができる。従業員は育休取得が見込まれたら早めに職場に伝え、スムーズな仕事の引き継ぎに協力すべきだ。実際、育休に関する制度変更が急に行われたスウェーデンの事例では、企業が十分に対応できず業績に悪影響が出た。
2つ目は仕事を属人的なものにせず、複数の人間が同じ仕事に対応できるようにすることだ。育休に限らず、病気、介護、退社などで人材は抜けうるが、これらにも円滑に対処できるようになる。また仕事の質が個人に依存しなくなり、安定することにもつながる。
その上で重要なのは、穴埋めに尽力した従業員に十分に報いることだ。先に紹介したデンマークの研究でも、同職種の従業員の労働時間が増えているが、それに見合った収入増がみられた。企業はボーナスや昇進で貢献に報いるべきで、これを怠ると職場の士気が下がり育休を取りづらい雰囲気を醸成してしまう。
育休が取りづらいような企業では、人手不足の現代に優秀な人材を惹きつけることはできない。デンマークの小規模企業でも対処できたのだ。日本の経営者・管理職にとっても腕の見せどころだろう。
東京大学経済学研究科教授。内閣府・男女共同参画会議議員も務める。慶応義塾大学商学部卒、米ウィスコンシン大学経済学博士号(PhD)取得。カナダ・マクマスター大学准教授などを経て、2019年より現職。専門は労働市場を分析する「労働経済学」と、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。著書『「家族の幸せ」の経済学』で第41回サントリー学芸賞受賞。近著に『子育て支援の経済学』。
[日本経済新聞朝刊2021年8月2日付]
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