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YKKの大谷裕明社長

YKKの大谷裕明社長

■海外希望で入社、英会話本でアピール。

YKKに入社した理由は海外に行きたかったからです。学生の頃に米国映画で見たロッキー山脈の雄大さに感動し、将来は海外で仕事をしたいと思うようになりました。

就職した1982年当時、YKKは吉田工業という社名で、「YKK」はファスナーのブランドでした。まだ製品をつくって輸出する企業が多かった時代、吉田工業は既に世界約40の国や地域に事業拠点がありました。ここなら海外に行くチャンスがあると感じて入社を決めました。

最初は大阪支店の貿易部に配属され、海外の縫製会社などにファスナーを販売する仕事をしました。ただ、早く海外に行きたいという思いは抑えられず、出社すると引き出しから英会話の本を出し、課長の前で勉強しているそぶりを見せてアピールしたものです。課長は「面白い男だ」と思ってくれたようで海外赴任を推薦してくれました。アピールのかいあり、84年にYKK香港社へ赴任することになりました。

■香港を訪れた専務に設備増強を直訴。

当時の香港は英国の植民地で、一人一人が実力主義で働いており活気にあふれていました。中国はまだ外国と直接商売をする実力がなく、香港は貿易の入り口として大きく成長していました。

ただ、90年ごろになると、円高の影響でYKK香港社は厳しい状況に置かれました。日本の工場からファスナーを輸出していたのでは、現地生産に価格面で勝ち目はない。香港での生産能力を強化してコスト競争を乗り切り、納期も早める必要があると考えました。

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