経済企画庁(当時)で未来学を唱え東工大教授となった林雄二郎先生の研究室に入り、社会の医学といわれる社会工学に目覚めました。京都市で開かれた国際未来学会議で国内外の錚々(そうそう)たる学者を目にし、研究者に魅力を感じました。林先生の『日本型成熟社会』は今でも示唆に富むもので、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』も強く影響を受けた一冊です。汚染物質が環境内を循環する問題を警告し、環境研究のバイブルになった本で、環境アセスメント誕生の淵源にもなりました。

開発が環境に及ぼす影響を研究してきた。新渡戸稲造著『武士道』は国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」につながるという。

81年、政府の研究者派遣により、米マサチューセッツ工科大学で環境アセスメントを研究することが決まったとき、国際文化会館の「新渡戸フェローシップ」にも合格。同時には受けられないので辞退を申し出たら、『武士道』の英文原書を渡されました。

私の先祖は旗本で「おまえは侍の子」と言われて育ったので、どんな本かと読んだら「義」「勇」「仁」など日本人のモラルの源泉が武士道だと説いている。他者への配慮、仁が重要で、これはSDGsに通じます。環境への負荷を減らすほか、飢餓や貧困をなくし、人が平等に生きる社会がSDGsの目標だからです。

恩師、熊田禎宣先生から薦められたエンデの『モモ』も、効率ばかり追求する現代文明の問題点を指摘し、SDGsと共通点がある。人の話を丁寧に聞くモモの姿勢は人々の懸念事項に応える本来のアセスメントに通じます。

エイモリー・ロビンズ著『ソフト・エネルギー・パス』も研究や仕事で影響を受けた一冊です。原子力のような巨大で硬直的なシステムでなく、分散型の自然エネルギーの柔軟な利用を説いています。脱炭素への政策転換の先鞭(せんべん)をつけたといえます。

(編集委員 久保田啓介)

[日本経済新聞朝刊2021年5月15日付]