均等法第1世代は50代 女性も定年予備軍100万人時代
1986年に男女雇用機会均等法が施行されて35年。90年ごろまでに就職した均等法第1世代の女性は定年期を迎えている。総務省の労働力調査では、55~59歳の正規雇用で働く女性は約100万人。男性の問題だった定年が女性にも身近になりつつある。ロールモデルとなる先輩が極めて少ない中、第1世代はセカンドキャリアをどう描くのだろうか。
目指すは「3つの名刺を持つ自分」
辻田淑乃さんは昨年3月に55歳の役職定年を迎えて退職し、新たな一歩を踏み出した。4月に雪国まいたけの社外取締役に就任、秋には着物のシェアサービス「ルリエ」を立ち上げた。退職を決めた19年末から仏HEC経営大学院の修士課程でイノベーションとアントレプレナーシップを学んでもいる。目指すは「3つの名刺を持つ自分」だ。
1987年に大学を卒業して外資系証券会社に入社した。出産・子育てで仕事を離れた時期もあるが、2002年に日本たばこ産業に転職してからは経営企画や財務などを担当、IR広報部長を務めた。退職にあたり「どうせなら今までと違うフィールドで社会に役立ちたい」と2年前から準備を始めた。
人材紹介会社に登録する一方、女性のためのセカンドキャリアを支援するネクストストーリー(横浜市)の研修にも参加。やりたいことをノートに書き出していった。「生まれ変わったら国立公園で自然保護活動を行うパークレンジャーになりたい、と娘に話したら『今からなればいい』と言われ、自分の中の制約から解放された」。1つの会社に全ての力を投入するのではなく、仕事のポートフォリオを作って社会に還元したいと考え、3つのテーマに挑戦することを決めた。
1つ目は、好きな分野で起業することだ。着物が好きで長く着付け教室に通っているが、今や着る人はごく少数。実家には多くの着物が保管されており、着物好きな人同士でシェアリングできないかと考えた。住んでいる横浜市のスタートアップ講座に申し込み、仕事後、夜間に3カ月通って起業した。
2つ目のテーマはこれまでの実績を生かした仕事をすること。社外取締役への就任がこれにあたる。そして3つ目は若い人のスタートアップを支援することだ。まずは自ら知識を付けようと、大学院に進学しオンラインで学ぶ。
仲間とプラン共有 3カ月ごとに近況報告
辻田さんが参加したネクストストーリーの研修は19年に始まり、これまで約50人が受講している。セミナーでは第二の人生で何を得たいのか、将来を思い描きながら具現化する。プランを仲間に伝えることはもちろん、実際に行動に移すため、3カ月ごとに近況を報告し合う。
18日には辻田さんら卒業生が発表者となったイベントを開催。会社に残った人、NPO活動に従事する人、転職した人などがこれからのキャリアについて語り合った。
ネクストストーリーの西村美奈子社長自身も、定年を前に第二の人生について考え、同社を立ち上げた。大学卒業後の1983年に富士通に入社。在職中から昭和女子大の研究員として、女性のセカンドキャリアの研究を始めた。早期退職後は研究に専念する。
支援事業を始めたのは「研究だけでなく社会に役立てて」と坂東真理子理事長・総長に背中を押されたからだ。西村社長は「自分には何もスキルがないと考える女性は少なくない。でも数十年も働けば何かしら得意なこと、好きなことはある」と話す。
子育て負担から解放 仕事への意欲高まる
均等法第1世代の女性らの働く意欲は高い。電通が19年に正規雇用で働く55~59歳の女性200人に調査したところ「定年まで働きたい・働く予定」と答えた人は69%にのぼった。そのうち67.4%が定年後も働く・働きたいと考えている。理由としては「将来お金がないと不安だから」が55.9%と最多だが、「社会と関わっていたい」(45.2%)、「働くこと/仕事が好き」(26.9%)などの回答も多い。
子育ての負担から解放され、仕事への意欲がより増しているという側面もある。柿田京子さん(55)もそんな一人だ。アートプロジェクトの企画・運営を手掛ける「イーチトーン」(東京・豊島)を1月に立ち上げた。第1弾として提案するのは、虹彩データをデザインしたバーチャル墓地だ。
大学卒業後はNTTに就職。留学した後に3人の娘を育てながらアクセンチュアや日産自動車で人事制度の構築に携わった。起業支援も手掛けてきたことからいつかは自分も起業したいと思うようになった。「娘が全員成人したことで一気にアクセルを踏み込めるようになった」と話す。
21世紀職業財団が19年、管理職経験のない総合職の50代男女に聞いたところ、職業生活の中で最もモチベーションが高かったときと比べ「現在の方が高い・同程度」と回答したのは、男性の27.6%に対して女性は43.3%にのぼった。
70歳までの雇用延長が企業の努力義務となったことで、今後は同じ会社で働き続ける人も増えると予想される。山谷真名上席主任研究員は「女性は50代から再び成長したいという気持ちが強くなる傾向がある。企業は一律に年齢で区切るのではなく、何歳でもやる気のある人に活躍の場を提供することで、もっと人材を活用できる」と指摘する。
人生100年時代。第二の人生を早い段階から準備することは大切だ。ネクストストーリーの西村美奈子社長は「50歳になったらマインドチェンジ。まずは思ったことを何でもメモしよう」と提案する。辻田淑乃さんは大学院で学び「海外の人は早い段階から今後のキャリアを考えている」ことに驚いたという。
厚生労働省の令和元年簡易生命表によれば、女性は男性より6年以上長く生きる。「セカンドキャリアは年上や同年代ではなく、若い人と組んだ方がいい」という柿田京子さんのアドバイスにも説得力があった。収入も軽視してはいけない。第二の人生では「ライフワーク(生涯続けたい)」「ライスワーク(生活のため)」「ライクワーク(好きなこと)」のバランスが大切と学んだ。
(編集委員 中村奈都子)
[日本経済新聞朝刊2021年4月26日付]
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