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森永乳業の古田雄一郎さん

森永乳業の古田雄一郎さん

森永乳業はBtoB(企業向け)事業で腸内の健康をサポートするビフィズス菌や乳酸菌など菌体の販売に力を入れている。自社の「ビヒダス ヨーグルト」などに使う素材だ。食品素材統括部販売企画グループで機能素材や菌体の企画営業を担当する古田雄一郎さん(50)は、乳酸菌などを採用した商品の将来像を描いたストーリーを提示して販売先を開拓している。

獣医師免許も持つ古田さんは大学時代、腸内細菌の権威の先生から腸内フローラの授業を受ける機会があった。「こんなに面白い話がなぜ広がらないのだろう。腸内フローラは終わらないトレンドになるのではないか」と目を輝かせた。周りが獣医や公務員の職を選ぶなか、1996年に森永乳業に入社した。

初めての配属は酪農部だ。大規模な個人経営の牧場を担当し、飼料調達や酪農経営のサポートに奔走した。それでも営業先が遠く、週に1度しか足を運べずにいると、牧場側に「月の売り上げを考えると、1回で数千万円の話を持ってきてくれないと」と言われた。毎週2時間の訪問時間をもらいながら、生産者の立場を理解して自分の考えを伝えるのにも苦労した。

次に介護食や流動食を手がける子会社クリニコで営業を担当した。営業先は病院の医師や栄養士で、昼休みしか会えない医師もいるほど時間に厳しい職場だ。全く関心を示さなかったのに、翌週には話を聞いてくれることも珍しくない。ふいに訪れるチャンスに、限られた時間でどの情報をどう話すのか。「営業は引き出しの数と開け方が大事」と、すぐ顧客の要望に応える習慣を身につけた。

菌体の営業を担当する機能素材事業部に配属されても苦い経験はあった。営業先の社長プレゼンテーションで1時間半もらったにもかかわらず、最初の5分で「結論を言ってくれ」と諭されたり、別の機会には2~3分で「君とは合わないと思う」と言われたりした。まず話を聞いてみたいと思わせる人間にならなければと痛感した。

意識しているのは、記憶に残るプレゼンテーションをすることだ。「『やりたい』よりも『やらないと損をする』と思ってもらいたい」。資料は作ったうえで、話す内容は相手の反応を見ながら決める。事前の想定をベストとせず、その場でベターを探る。

いつも顧客に伝える話がある。「21世紀は人生100年、健康の時代になる中で、菌体を通じて腸内をケアする重要性がますます高まります。我々と仲間になって、一緒に長い旅をしませんか」。プレゼンの3年後に「あの話が忘れられなかった」と商品化が実現したこともあった。

食品素材と営業先の商品を組み合わせた将来像を描く。例えば森永乳業独自の素材「シールド乳酸菌」では(1)相手企業の定番品に健康価値を加えたリニューアル(2)もともと健康価値のある商品のさらなる付加価値化(3)おいしいが、食べても罪悪感がないものを――という3パターンで提案をする。選択肢を用意し、乳酸菌を取り入れた商品の実現可能なストーリーを示す。決断を後押ししたうえで、「最後の一歩はお客様に歩んでいただく」という。

法人営業はかけ算と考えている。「ゼロに何をかけてもゼロ。相手の関心があることに自分がゼロだと何も生まれない。1でも2でも知っておくことが大事だ」。寝る前に落語を聞いて話し方の参考にしたり、本を毎日60ページ読むミッションを課したりと研さんを積み重ねている。

顧客と長く付き合うには「WinWinではなく、OKOKが大切」と考える。1つの開発商品で相手の収益を大きく伸ばせなくても、商品への思いを共有して、次の取り組みで顧客企業の可能性を広げられる関係を重視する。

ビフィズス菌と乳酸菌の売上高は、古田さんが現在の担当となった2015年から6年で5倍に伸びた。シールド乳酸菌は16年の発売以降、のべ450社以上の1000を超える商品に採用された。

数々の営業経験をバネに、これからも自社商品の健康価値と将来ビジョンを伝え続ける考えだ。

(古沢健)

ふるた・ゆういちろう
 96年麻布大学獣医学部獣医学科卒、森永乳業入社。酪農部で生乳取引などを経て、子会社のクリニコで医療食販売などに従事。10年に機能素材事業部、15年から現担当に。東京都出身
[日経産業新聞 2021年4月21日付]

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