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メディセオの加治屋稔子さん

メディセオの加治屋稔子さん

医薬品卸大手メディパルホールディングス傘下の中核子会社メディセオで4月、同社初の女性支店長に加治屋稔子さんが就いた。業界内に女性の営業職がほとんどいなかった頃から活躍してきたパイオニア的な存在だ。現場経験をもとに「誰のために薬を届けるのか」を常に掲げ、医師と患者双方の利益を考え抜くよう、後進の育成と指導に力を入れている。

今も心に刻んでいる経験がある。入社間もない頃だ。訪問先の病院で談笑する加治屋さんをみて、無駄話に興じるスタッフと勘違いした患者が医師に苦情を入れたことがあった。「あの人は元気を運んできてくれる人なんだよ」。担当医師は患者に説明し、誤解を解いてくれたという。

少し仕事に慣れ、営業中に雑談する余裕が出てきた時期だった。誤解は解消できたものの、加治屋さんは「営業先である医療機関や医師ばかり見ていて、患者さんからどう見えるのか考えていなかった」と猛反省した。同時に「商品だけでなく、元気も届けられているか」と医師の言葉をかみしめた。

医薬品卸の営業は医療機関から注文をとり、滞りなく納品する仕事だ。しかし最終的な目的を考えれば、注文してくれた医師だけでなく、その先にいる患者にも治療の支えや安心感をどれだけ提供できたかが問われる。

難しいのはそのバランスだ。入社5~6年目を迎えた頃、ある医師にそっと諭されたことがあった。「加治屋さんのいいところは3つある。よく笑うこと、声が大きいこと、そして少し強引なこと。強引なところも私は好きだが、万人受けするものではないから気をつけなさい」

思い当たる節はあった。製薬会社が発売する新薬を無条件に販売すべき良い商品だと信じて営業にまい進しがちになっていた。注文をなかなか出さない医師に対して、「なぜ効果的な新薬を処方してくれないのか」と憤りを覚えたこともある。新薬を一人でも多くの患者に使ってほしいとの思いに加え、営業職として成績をあげることが使命と勘違いしていた。

新薬がいかに効果的でも、全ての患者に適合するかは分からない。症状だけでなく、治療に伴う金銭的負担や副作用のリスクなど患者ごとに状況は異なる。そこを見極めるには、新薬が開発された背景や治療に関する知識をしっかり勉強し、医師や製薬企業の担当者と常に情報交換するなど、広い視野が欠かせないと気を引き締め直した。

結婚を機に、1年だけ営業を離れた経験も糧になっているという。内勤で受注に関する電話応対の業務を担当したが、つい営業職が担っている医薬品に関する情報提供をしてしまいそうになる自分がいた。やはり営業を通じて医師や患者に向き合いたい。そんな思いが今までになく高まった。営業職の同僚に後れを取らないよう、勉強には以前以上に力を入れた。

その後も2度の産休を挟み、営業に奔走してきた。育児などで仕事から距離を置いた間に見えたこともある。趣味の時間やプライベートの過ごし方も、営業に生きるということだ。「仕事一筋だとモノの見方や雑談に薄っぺらさが出てしまう。一人の人間として深みを持つことが相手の信頼にもつながる」と話す。

加治屋さんが意識しているのは、たとえ部下であっても、人に頼ることの大切さだ。ここぞという営業には、上司や製薬企業の製品担当者だけでなく、時に現場や類似ケースに詳しい若手社員を伴う。「若い頃は自分一人で解決したい思いが強かった」が、社内外の人脈を生かして適切な薬を患者に届け続ける使命が重要と考えている。

4月から南大阪支店長に就任し、営業以外の部署を束ねる役割も担う。今では社内や業界内で数多くの女性が活躍している。彼女たちのロールモデルの一人になれるよう心がけながら、さらに女性が輝けるような環境づくりに取り組んでいく考えだ。

「性別に関係なく評価される時代に入っている。人として広い視野を備え、魅力を磨いていく大切さと面白さを伝えたい」と新たな気持ちで歩み出している。

(松隈未帆)

かじや・としこ
 1995年ホウヤク(現メディセオ)入社。堺市や大阪府南河内エリアの担当を経て2019年から大阪南支店営業リーダー。21年4月に大阪南支店長に昇格。大阪府出身。
[日経産業新聞 2021年4月9日付]

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