徳島県の山間地、神山町に2023年春開校予定の高等専門学校「神山まるごと高専」の概要がおぼろげながら見えてきた。「テクノロジー×デザイン×起業家精神」をコンセプトにした学びの場を目指す。奮闘するのは起業家たち。「神山から未来のシリコンバレーを生み出す」というビジョンを掲げる起「教」家の奮闘を追った。
「この学校を成功させたいなら、あなたが理事長をやるべきだ」。2020年末、神山高専の発起人の1人、寺田親弘に対し、山川咲は詰め寄った。二人は起業家。0から1を創り上げる厳しさも難しさも知る。この面談は数回に及び、本当は寺田が山川に理事長就任を懇願し続けていたが一転、全く逆の意外な展開に寺田は戸惑った。そして山川はこう寺田を突き放した。
「そうしないとこの学校は失敗するよ」
沈黙が5分ほど続き、寺田は自らが理事長になる覚悟を決めた。「人生で忘れられないシーンだった」と、寺田の表情を見つめいてた山川は振り返る。その山川は人を巻き込む力を期待され、クリエイティブディレクターとしてプロジェクトの推進を担う。
この動静を固唾をのんで見守っていたのが学校長に就任する大蔵峰樹。もともとは寺田から教員としての参画を依頼され、引き受けた。テクノロジー系のカリキュラム作成に取りかかっているが一抹の不安があった。「高専を作ることを誰も理解していない」。起業経験もあり、なおかつ高専出身の大蔵にとって若干の違和感を覚えていた。
全国には高専が57校ある。学校は違えど履修内容は似通い、大学卒レベルの理科系のスキルを20歳までにたたき込むのが特徴。もし神山高専の卒業生が全国の高専出身者と話が合わなければ「神山高専は高専ではない」(大蔵)。OB・OGの高専愛は強い。多くの起業家と交友関係のある山川も「高専全体」を意識する。異なる出身校ながら共通項を持つ卒業生たちが一緒に起業するケースは多い。大蔵はこの高専文化を守りたいと考える。

そうした中で大蔵が担うのは仕組み作りだ。大蔵はZOZOの衣料品通販サイト「ゾゾタウン」の物流、情報システムを構築。「仕組み作りの究極は教育じゃないかな」と語る大蔵に寺田らからの期待は大きい。大蔵が神山高専設立に向けた決意はこの言葉で言い表される。「高専出身者だから校長をやる。その一点張りでやる」
次世代の高専の実験台
日本に高専が誕生して約60年。高度経済成長期の実践的な技術者育成の高等教育機関として優秀な人材を輩出してきたのは間違いない。しかし今、日本だけでなく世界の産業社会を取り巻く環境は大きく変わった。デジタル化が社会変革を加速させ、従来型の高専教育が未来の社会や学究のためにどれだけ順応できるか不透明な時代だ。