小説家・柚木麻子さん 本好きに導いてくれた母
著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は小説家の柚木麻子さんだ。
――小説家として活動する上で、お母様の言葉を大切にしているそうですね。
「母は美大で油絵を専攻していました。絵を描いていた人ならではの視点でいろいろなことを教えてくれます。『とにかく書き続けることが大切。作品を書く中で変化を恥じたり恐れたりしないようにしなさい』と言われています。有名な画家の絵も時代によってタッチが変化するのだから、と言います」
「何かを書く過程で、すべて最初からやり直すことを無駄と考えてはいけないとも教えてくれました。油絵でも描きかけの作品を途中で塗りつぶして描き直した絵が、傑作につながることがあるからです」
――本好きになったのもお母様の影響があるとか。
「小学校低学年のころ、一緒に渋谷などに買い物に出かけると、母は私と別れてブティックに向かいました。私は一人で児童書専門店に行き、本を読みながら母の買い物が終わるのを待っていました。母とは毎回1冊買ってもらえる約束をしていたんです。時間の限り読みあさり、手元に置きたい本を厳選してレジに持って行きました」
「今は小さな子どもが大人と離れて店で読書するのは難しいでしょう。でも当時の私には、店内でしゃがんでひたすら絵本を読むのは本当に豊かな時間でした。母は私を読書好きにさせるために必死だったのでは、と思います」
――普段はどんなお母様でしたか。
「明るくて社交的な人でした。私が幼いころから、母と娘というより女性同士の人間関係を教えてくれました。独身の友人や仕事上の付き合いのある方、長い空白期間を経て再び親密になった人……。大人には様々な付き合いの形があるのだと、子どもながらに感じ取りました」
「マンションに住む女性同士で味噌造りをしたり雑誌『家庭画報』を回し読みしたり。粘土やお花の教室などを開いて、知らない人がよく家に出入りしていました」
――柚木さんの作品には料理の描写がよく出てきます。
「母は友人とランチしたときなどにおいしかった料理を再現して作ってくれました。世界三大キノコといわれるポルチーニのパスタやカリフラワーのスープ、果物の中身をくり抜きゼリーで固めたデザートなどレストランで食べるような料理が出てきました。母は私に比べると料理好きな方ではありませんが、作るものは大変おいしく、おしゃれだったのを覚えています」
――お子さまとの接し方もお母様は上手だそうですね。
「子どもが自由にいろいろなことを話しているうちに空想の世界に入り込むことがあります。そんなときも母は目線を合わせてついていきます。子どもの世界にのめり込む能力は私より高いですね」
(聞き手は生活情報部 清水玲男)
[日本経済新聞夕刊2021年3月30日付]
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