男女逆転で不合理鮮明 漫画「大奥」完結、作者に聞く
江戸時代を舞台に、女性の将軍をめぐって男性たちが愛憎劇を繰り広げる漫画「大奥」がこのほど完結した。男女の役割を置き換え、見えてきたものは何か。作者のよしながふみに聞いた。
「上様のお成ーりー!」。高らかに鈴が響いて襖(ふすま)が開き、徳川将軍が姿を現す。江戸城で将軍の生活の場である中奥と、御台所や側室の居室である大奥を結ぶ「御鈴廊下」だ。長い廊下の左右に控えるのは着飾った側室たち。次々と頭を下げていく。
側室は皆男性
時代劇でおなじみの光景だが、漫画「大奥」の場合は少し違う。廊下を歩いて行く将軍は女性、着飾った側室たちは皆、男性だ。
「裃(かみしも)の男たちが、フワーッと波のようにあいさつしていく。最初にあの光景が思い浮かんだとき、パロディーとして成立すると思った」。よしながは物語を思いついたときのことを振り返る。
漫画「大奥」の舞台は、若い男性だけが重症化しやすい謎の疫病がまん延し、男性の数が極端に減った江戸時代だ。病は容赦なく将軍家光も襲う。跡取りがいなかったため、乳母の春日局は秘密裏に家光の娘を将軍に据える。やがて大奥には男性が集められ、いつしか大名も農民も商人も、外で働くのは女性ばかりの社会が誕生。男性は子供を作ることが主な役目になる。
江戸時代の史実をもとに繰り広げられる奇想天外な物語は、多数の読者を獲得した。電子版を含めた単行本の累計発行部数は600万部を超える。2月に最終巻が刊行された。
作中では、女性の将軍と互いに愛し合った側室も、子供ができないという理由で将軍から遠ざけられる。「好きな女性をほかの男性に取られるのはつらいだろうと容易に想像できる。本当は女性だって同じはずなのに、実際に女性の側室は次々と取り換えられてきた。そしてそれは、仕方がないと受け止められてきた」とよしなが。男女逆転にしたことで、「不合理なことが、一層浮き彫りになった」と語る。
作品でこだわるのはエンターテインメント性で、フェミニズムやLGBTQ(性的少数者)の権利を声高に主張するつもりはない。それでも、物語の端々に普段思っていることが、ふと表れる。
たとえば、世継ぎを望む父・桂昌院に応えるため、年老いてなお、新しい側室をめとり続ける5代将軍の綱吉。民に嫌われ、刺客に襲われた自身を振り返り、「将軍として女として人に望まれたことは何ひとつできなかった……」とこぼすと、大奥総取締の右衛門佐が「生きるということは(中略)ただ女の腹に種を付け子孫を残し家の血を繋(つな)いでいくことではありますまい!」と諭す。
進まない変革
「当たり前のことを言っているだけなんですけどね。でも、現実に、まだ女性は子供を産むことが第一と思っている人もいる」(よしなが)。2004年に連載を始めた頃に比べると、女性の意識は変わっているが、社会そのものの変革は進んでいないと感じる。
「本当はこんなせりふは当たり前すぎて、何の反響もない世の中がいいと思います。作品では暴れん坊将軍として知られる8代将軍吉宗が白い馬に乗ってさっそうと現れる。女性の将軍が馬に乗ってくるだけで痛快ですよね? それはなぜなのか。そこに私も読者も向き合うものがあるのでしょう」
(岩本文枝)
[日本経済新聞夕刊2021年3月30日付]
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