市場経済は経済格差の拡大や環境破壊をもたらしていると厳しく批判する著作が最近、よく話題になる。対照的に、市場には様々な種類や働きがあり、奥深い存在だと気づかせてくれる近刊もあり、市場を巡る議論が活発になっている。
米テキサス大学教授のラジ・パテル著『値段と価値』(福井昌子訳、作品社、2019年2月)は市場の機能に疑いの目を向ける著作の一例で、世界で反響を呼んだ。モノの価格と価値は同じではない。価格は利益ありきで決まるものだからだ――。市場価格は価値を必ずしも正しく評価しないのに、国内総生産(GDP)を筆頭に多くの経済統計は市場価格を基準に決まる。GDPは福祉や幸福度を計る物差しとしては不十分で、市場を活用した地球環境問題や食糧難の解決には無理があると議論を展開する。
『値段がわかれば社会がわかる』(ちくまプリマー新書、21年2月)の著者、開志専門職大学の徳田賢二教授は銀行エコノミスト出身で、経済の「生の情報」を重視している。農産物の生産者から卸売業者、小売店、消費者へと商品が流通するプロセスの中で、値段がどのように決まるのかを、現場取材に基づくデータと経済理論のバランスを取りながら丹念に解明した。消費者の行動を解説する章では「私たちは値段以上の価値があると判断したときだけ買うと決める」との命題を示す一方、「考えながら買い物を積み重ねていけば、その判断力を高め、直感でも間違いない判断ができるようになる」と説く。
市場メカニズムとは何か、市場はいかに機能するのか、という市場の理論の根幹を成す問題について、これまで納得のいく説明はなされていない――。神戸大学の丸山雅祥名誉教授は『市場の世界』(有斐閣、20年9月)で、情報が完全で取引費用がゼロという「完全市場」を想定する従来の経済学では取り除いてきたことがらがあまりにも大きいと強調する。その根底には「商品別に売り手と買い手が集合する」という市場観があり、取引慣行、産業組織といった要素を取り入れて発展してきたという。著者は市場を「売り手と買い手との間で商品が取引される場」ととらえ、ネット取引やプラットフォームビジネスを分析する新たな理論の開拓を求めている。
様々な問題を抱えながらも生活の基盤として欠かせない存在である市場。変化する姿に目をこらしながら弊害や限界を克服する道を模索するしかない。
(編集委員 前田裕之)
[日本経済新聞2021年3月27日付]