国内死亡数、11年ぶり減 コロナ予防で他の感染も抑制
新型コロナウイルス対策で初の緊急事態宣言からまもなく1年。欧米では死亡数が平年を上回る「超過死亡」が生じたが、日本は11年ぶりに減少した。国内では新型コロナの死亡数の9割は高齢者で、集団感染は高齢者施設が最多。感染者の急増を警戒しつつ、高齢者施設など急所を突いた対策への転換が必要だ。
感染症は直接死因になるだけでなく、慢性疾患の患者の状態を悪化させ間接的な死因にもなる。厳しい感染対策で適切な医療を受けられなくなったり、自殺など感染症以外の死亡が増えたりした影響も評価できる。検査体制が不十分な国での影響も分かり、国際比較の指標になっている。
「新型コロナ感染による死亡数だけでなく、日本全体の死亡数も抑えられたのではないか」。川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は2020年1年間の死亡数(速報値)が前年より9373人(0.7%)減ったことに胸をなで下ろす。死亡数は高齢化で年2万人程度増えていた。平年より3万人近く減少した形だ。
岡部氏は政府の対策に関わる感染症の専門家として間接的な影響も心配しながら緊急事態宣言の是非などを議論してきた。ただ「これだけの対策でも流行する新型コロナはなお警戒が必要」と気を引き締める。
厚生労働省が公表済みの20年10月までの死因別の死亡数によると、最も減少したのは新型コロナ以外の肺炎で前年同期比で2割弱、約1万4千人減った。新型コロナで増加した1673人より減少分が上回った。インフルエンザの死亡数も941人で7割減。手洗いやマスク着用などで感染症が激減した。
新型コロナ対応で受け入れ病院が見つからない救急患者は増えた。だが死亡数では19年に比べ脳卒中が約3200人、急性心筋梗塞が約1300人減少し、影響は少なかったようだ。
確認された感染者に対する死亡率は世界全体で4~5月に7%を超えた。検査拡充などで現在は2.2%。日本は1.9%でやや低く、感染拡大も防げたため死亡数を抑制できた。
欧米では死亡数が平年を大きく上回る「超過死亡」が生じている。
イスラエルのヘブライ大学などの研究チームは各国・地域の超過死亡を推計。2月末時点での最多は米国で約50万人。同時点で確認された死亡数とほぼ同じで、感染対策が不十分で感染者が2500万人を超え、死亡率は日本とほぼ同じでも死亡数が増えた形だ。
ロシアの超過死亡は推計約35万人で、同じ時点で確認された新型コロナの死亡数約8万人の4倍超。十分検査されていない可能性がある。台湾は5600人減少するなど感染者が少なかった東アジアの死亡数は平年を下回った。
死亡率は年代差が大きい。日本では70代以上が感染者の1割強だが、死亡者は9割を占める。死亡率は10代以下はゼロ、50代以下は1%未満に対し、60代は1.6%、70代は5.4%、80代は12.5%、90代以上が18.3%と跳ね上がる。
重症患者の治療支援を続けているエクモネットの竹田晋浩代表は「人工呼吸管理のノウハウが向上するなど救命できる患者は増えた。それでも70代以上の高齢者の死亡率は依然高い」と警鐘を鳴らす。
十分な効果を確認された治療薬はなく、ワクチン効果もまだ不明だ。死亡数を少なくするため高齢者の感染防止策がカギを握る。
厚労省によると、国内で発生したクラスター(感染者集団)の発生件数で最も多いのは高齢者施設で全体の2割。昨年8月時点では医療機関が2割で最多だったが逆転した。無症状の職員などから感染が広がったとみられる。
海外の論文では「新型コロナ患者の半数は無症状の人から感染している」と推定。英国の研究では高齢者施設などの職員への定期検査で感染リスクを3分の1に減らせるというデータが昨年4月下旬に出ている。
「これまでの延長線上にはない対策が必要」。政府諮問委員会の尾身茂会長は18日、2度目の緊急事態宣言の全面解除を答申したうえで「高齢者施設の職員を対象にした定期的な検査」を挙げた。実施可能件数の少なさや検査の精度を理由に、濃厚接触者以外の無症状の人への検査に否定的だったがようやく見直した。
1年間のデータを生かし、死亡数とともに社会全体の影響も少なくする狙いを定めた対策への転換が求められる。
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がんや自殺 増加懸念も
2020年の国内の死亡数は減ったが、将来的にがんの死亡数が急増する恐れがある。新型コロナウイルスへの感染を防止するため、検診の受診率が大幅に下がっているためだ。自殺も20年は11年ぶりに増加に転じた。外出自粛などで体力などが落ち、介護が必要な高齢者が将来推計を上回る可能性もある。
日本対がん協会によると、20年に実施した胃や肺など5つのがんの集団検診で受診者は3割減少。「1千~2千人のがんが未発見」と推計する。検診以外での発見は8割近いが、通院控えの影響で未発見の患者はさらに増える恐れがある。同協会は「検診などを先送りした人は早めに受診してほしい」と訴える。
英国の研究ではがんの診断が3カ月遅れると、がんが進行し、10年後の生存率が最大18%下がるという。
自殺者は減少が続いていたが、20年は912人(4.5%)増えて2万1081人で、11年ぶりに増加。男性は減少が続いたが、女性が7026人で935人増えた。自殺は社会・経済の影響から遅れて増えるため警戒を要する。
(社会保障エディター 前村聡)
[日本経済新聞朝刊2021年3月29日付]
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