マインドフルネス、医療現場でも うつ病の再発予防
不安と向き合うことで心を楽にするマインドフルネスが医療現場で治療法としても活用されるようになってきた。繰り返しやすいうつ病の再発予防などに役立つことが医学的に検証されつつある。仏教に根ざす心の調整法は今の自分を見つめることから始まる。
東京都新宿区の慶応義塾大学医学部精神・神経科学教室。「頭で考えずに体の感覚を体験してください」。専任講師の佐渡充洋医師が呼びかける。約20人が画面を見ながら自宅で瞑想(めいそう)する。2010年から集団でのマインドフルネスの研究を始め、昨年からはオンラインで実証研究を続けている。
瞑想を用いたエクササイズを重ねるマインドフルネスは「今この瞬間に起きている体験を解釈を挟まずに受け入れる状態」。スポーツや人と話をしているときもそうした状態に至ることはある。「瞑想はありのままの今を受け入れるための練習方法」と佐渡さん。
海外の研究結果がある。3回以上うつ病になり現在は改善している人を無作為に2つのグループに分け、片方は通常の治療、もう片方は週1回2時間のマインドフルネス教室を8週間受ける。通常の治療で66%が再発したのに対し、教室参加者は37%だった。佐渡さんは「30%近い差が出るのは再発予防治療としては衝撃的だった」と話す。
現在、佐渡さんたちは約20人ずつの2グループに8週間教室を受けてもらい、片方のグループにだけ毎月1回のフォローアップ教室を10カ月間続け、1年後の効果の差を確認している。
不安を嫌悪するのは自然な反応。ただ慢性的になると「いつまで続くのか」といった2次的な苦痛を自ら生んでしまう。最初の不安を嫌悪しなければ、2次的苦痛は小さくなる。「不安があることを認めると、不安と同居できるようになる」(佐渡さん)。参加者からは「自分の状態を客観視できるようになった」(20代女性)、「パニック発作が起きても自分を追い込まず、いい意味で『いいかげん』になれた」(40代女性)などの声が寄せられた。
埼玉県の新座すずのきクリニックでは16年から、早稲田大学人間科学学術院の熊野宏昭教授の監修の下、マインドフルネス療法研究センターによるグループ療法を行っている(現在はコロナ対応で自粛中)。
例えば1粒のレーズンを15分かけて目的を持たずにただ食べる練習がある。杉山風輝子公認心理師は「普段は目的を考えながら『doing』モードで活動している。今を見つめ、五感を使うことで、ありのままを大切にする『being』モードを体感してもらう」と説明する。
プログラムは慶応大と同じく1回2時間を8週間。自己評価の心理検査では、うつの指標の平均値は参加前の14.3から参加直後に6.1と半分以下に改善され、2カ月後も維持されていた。参加者から「自分と向き合うことから逃げていたことに気づいた」(30代男性)と成果を実感する声があり約9割は「満足した」と回答。杉山さんは「効果をより客観的な指標で捉える研究が課題」と話す。
マインドフルネスは医療現場以外でも採用されている。全国に9つある女子少年院では「精神的な問題を抱えていることも多く、衝動性の低減や自己統制力の向上を狙いとして実践している」(法務省矯正局)。
「不安と折り合いをつける考え方はコロナへの対応にも応用できる」と佐渡さんは言う。コロナという不安の極端な排除や楽観は「冷静さを失い不安との同居という選択を狭める」。
日本人は昔から、コントロールできない疫病や災害を鬼に見立てて追い払い、祭で祈願して不安と向き合ってきた。不安と同居する考え方は疫病や災害、異質な他者との共生を目指す考え方ともよく似ている。
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オンラインの座禅にも関心
マインドフルネスは雑念を払う「正念」という仏教の教えに根ざしている。米国で医療に応用され、逆輸入された格好。正念を実践する座禅もコロナ禍で関心が高まっている。
禅宗の臨済宗青年僧の会は昨年4月から全国30の寺でオンラインの座禅会を開いている。この1年弱で延べ約4万人が参加。各回の参加者は当初の10人程度から100人前後まで増えた。通常の座禅会の約5倍だ。
神奈川県の瑞応寺の住職を務める近藤徳道会長は「自分をコントロールするのではなく、悩んでいる自分を見つめるのが座禅」と説く。
静岡市で子供たちに座禅を教える東光寺副住職の横山友宏さんは「科学が進歩して、座禅の効能がマインドフルネスという概念で説明されているのだと思う」と話す。医療と仏教の現場で、今の自分を見つめる心の訓練が深化している。
(大久保潤)
[日本経済新聞夕刊2021年3月24日付]
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