過ちを犯す人間の生々しさ 実体験映すル・カレの描写国際交流基金理事長 梅本和義氏

大学で数学を専攻していました。
うめもと・かずよし 1951年生まれ。東大院修了。外務省北米局長、イタリア大使、環太平洋経済連携協定(TPP)首席交渉官などを歴任。2020年より現職。

高校時代に物理の授業にひかれ、それで手にしたのが『物理学はいかに創られたか』です。一定の仮定を設けて思考実験を通じ、論理的帰結を追い求めていくと相対性理論の考え方にたどり着く。その過程が複雑な数式を用いることなく説明されます。その鮮やかさに胸を揺さぶられ、物理学者になろうと思ったのを覚えています。のちに数学の面白さに目覚め、大学ではそちらに進みましたが(笑)。複雑にみえる現象も、それを支配する原理法則は実にシンプル。幾通りもの仮説を検証して原理法則を探究していく思考は、大学の研究を通じて鍛えられました。そのような理系の視点はいまも役立っているのではないかと感じます。

一度は科学者を目指した者として、20世紀後半から飛躍的発展を遂げているライフサイエンスの啓蒙(けいもう)書は読書の重要分野です。『脳のなかの幽霊』は、身体の一部を失ったのに、その部分の痛みで苦しむ患者を例にして脳の仕組みを解き明かします。『ゲノムが語る23の物語』は、遺伝子研究が人間のからだの中の謎を解明するさまを具体例を交えて説明します。

生物学者の福岡伸一さんとは、昆虫採集という共通の趣味を通じて親しくなりました。生命とは何か、という一貫したテーマを、読み手が興味をもつように工夫された記述で論じます。『生物と無生物のあいだ』に加え、『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』もお気に入りです。

『アリの巣の生きもの図鑑』は、アリの巣の中でアリと多様な関係を持ちながら生息する166種もの生物の生態を記したものです。辛抱強く観察を凝らすことで、ここまで多くの発見ができる。その成果が写真で示され、立派な装丁で出版されることに、日本の出版文化の底力を感じます。英語表記もついているので、外国人有識者に「自慢」する機会も多くありました。

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