頼れる感染エキスパート看護師 全国3千人、養成急務
新型コロナウイルス感染症の流行では医療機関や福祉施設の院内感染対策の重要性が再認識された。その中で脚光を浴びたのが感染制御の専門知識・技術を有する「感染管理認定看護師」だ。頻発したクラスター(感染者集団)の封じ込めなどで活躍したが、日本ではまだまだ少なく、養成が急務となっている。
栃木県看護協会の野沢寿美子さん(48)は1月11日、県からの要請でクラスターが発生した障害者施設「とちのみ学園」(同県佐野市)の応援に入った。野沢さんは日本看護協会が感染症対策のエキスパートと認める感染管理認定看護師の1人だ。
同学園では7日に初めて入所者の感染が確認されて以降、瞬く間に入所者や職員に感染が広がった。県内は当時、病床不足が深刻で、感染した入所者は施設内で療養するよう県から要請されていた。
現場に入った野沢さんに職員がまず訴えたのが刻一刻と状況が変化する現場に入ることへの不安だった。情報共有の仕組みがなく誰が発症しているか十分に把握しないまま入居者のケアに当たっていた。そこで会議室にホワイトボードを設置して特にケアが必要な入所者やその日の作業スケジュールなどを書き込み、全員で共有できるようにした。
ウイルスに汚染されている恐れがある「感染地域」と、ウイルスがない清潔な状態を保つ「非感染区域」の区別(ゾーニング)も徹底されていなかった。「非感染区域」の職員に声をかけようと、防護服を着たまま「感染区域」から出ようとする職員の姿もみられた。野沢さんは勉強会を開いてゾーニングを徹底するための順守事項を教えていった。
感染区域に入る職員がサンダルを履いていた点にも注目した。入居者の部屋が和室で靴を頻繁に脱ぎ履きする必要があったためだが、靴下にウイルスが付着して非感染区域に拡散するリスクがある。靴のまま部屋に上がるよう指導した。
改善にあたっては現場の意見にも耳を傾けた。ゾーニングの見直しでは職員の負担をなるべく増やさないよう配慮した。野沢さんは「厳しくしようと思えばいくらでもできるがルールを守れなかったら意味がない」と話す。
同学園の高沢茂夫施設長(71)は「感染管理のためにどう動けばいいかが明確になって仕事の流れがスムーズになった」と話す。最終的に入所者や職員135人中53人が感染したが、感染者は27日を最後に出ず、わずか3週間で鎮圧にめどをつけた。「短期間で収束できたのは早い段階で野沢さんに入ってもらったからだ」と感謝する。
厚生労働省によると、3月15日時点のクラスター発生件数は全国で5491件に達する。半分近くの2464件を医療機関や福祉施設が占める。野沢さんは感染管理認定看護師として同県で感染が拡大した昨年12月~今年1月、同学園以外にも6カ所の医療機関や福祉施設などでクラスター対策にあたった。
同認定看護師は日本看護協会が認定する教育機関で600時間以上の研修を受け、感染管理に必要な知識や技術を身につけていると認められた看護師だ。
日本看護協会が同認定看護師らを対象に実施したアンケートによると、コロナ禍で9割近くが院内ゾーニングの整備や周知、職員からの相談対応、感染症対策マニュアルの見直しや改訂などの作業に中心的に関わった。所属先以外の医療機関や保健所、介護施設などの応援に入った人も多数いた。
2001年に認定が始まったが、20年末時点で全国で2977人にとどまる。日本看護協会の19年のまとめでは全国の約8300の医療機関のうち同認定看護師がいるのは21%の約1800カ所だけ。病床数100~199床の医療機関は13%、99床以下は3%と低迷しており、中小病院への配置が特に課題だ。
日本看護協会は21年度からの3年間、養成を推進するため同認定看護師がいない200床未満の医療機関や介護施設を対象に、受講費用として1施設につき100万円を補助する。研修を実施する教育機関の中には定員を超える応募が寄せられているところもある。
荒木暁子常任理事は「ワクチンが国民に行き渡るにはまだ相当の時間がかかる上、変異ウイルスの出現もあってなお感染防御策の必要性は高い。感染管理認定看護師の配置をさらに拡大することが必要だ。将来的な新興・再興感染症の流行に備えるためにも育成を急いでいる」と訴える。
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甘い備え露呈 検査態勢も遅れ
コロナ禍では甘い備えが露呈した。
昨春の「第1波」では保健所が深刻な人手不足に陥り、発熱など症状があってもなかなかPCR検査が受けられない事態を招いた。PCR検査能力の拡充にも手間取り、欧米諸国が早々に1日10万件以上の検査態勢を構築する中、日本は5月末でも2万4千件程度だった。
病床受け入れ先として想定していた感染症指定病院はすぐに埋まり、慌てて病床確保に動いた結果、受け入れ先が分散。各地で院内感染も多発し、手術が止まったり、救急患者の搬送拒否が相次いだり、とコロナ以外の治療にも影響が生じた。
同じアジア諸国でも韓国や台湾が2002~03年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)や2015年に流行した中東呼吸器症候群(MERS)の反省を生かして早期に封じ込めに一定程度の成功を収めたのとは対照的だった。
政府は今国会で医療法を改正し、地域医療計画の重点項目に「新興感染症等の感染拡大時における医療」の項目を加える。今回の反省を生かして新興感染症への十分な備えの確保が急がれる。
(小西雄介)
[日本経済新聞朝刊2021年3月22日付]
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