鶏ガラや魚介の多彩なスープ 愛媛の八幡浜ちゃんぽん
四国と九州を結ぶフェリー航路の起点で、漁業と柑橘(かんきつ)類の栽培が盛んな愛媛県南西部の八幡浜市。戦後、地域の日常食として定着したメニューを地元では「八幡浜ちゃんぽん」と呼んでいる。全国にはちゃんぽんを名物とする港町などは他にもあるが、八幡浜の特色は具材の種類やスープの味の多様さにある。
地元住民が「八幡浜ちゃんぽんの元祖」と呼んでいるのは「丸山ちゃんぽん」だ。地元に戦後帰還した出身者が1948年にオープンした。現在は山口ミヤ子さんが夫妻で経営を引き継いでおり、先代の味を半世紀近く守ってきた。
同店のスープは鶏ガラや昆布、野菜を素材に使っており、「まろやかな味が特徴」(山口さん)。4~5時間煮込んだ後に一晩寝かし、醤油(しょうゆ)と塩を入れ、だしを作っている。キャベツやモヤシなどの具材に加え、かまぼこや薄焼き卵をトッピングしている。地元の市場から調達するイカやエビをのせた特製メニューも取りそろえている。
97年に開業した「愛花亭」は黒いスープのちゃんぽんが人気だ。店舗やシャッターなどに黒を統一カラーとして使用する街づくりを進める地元商店街と連携したのが発端だった。約5年前に黒いちゃんぽんをメニューに取り入れ、今や看板メニューになっている。
店主の田中マツミさんは「いろいろな素材を思案し、イカスミを思い付いた」と話す。鶏ガラや昆布を煮込み、だしを作り、イカスミと醤油を加える。約半日を要する作業だ。黒いスープのちゃんぽんには竹輪やかまぼこ、野菜のほか、ホタテをのせ、彩りを添える。
「海産物の練り製品は入れない」とこだわりを語るのは、50年ごろに開業した「ロンドン」を経営する菊池ヒデさんだ。2代目の菊池さんは先代の調理法を引き継いできた。
先代は中華料理店の関係者から習ったといい、海産物の代わりに豚肉を具材の中心に据えている。これにタマネギやモヤシなどの野菜が加わる。昼時や夕方にもこの味を目当てにした来店客が引きも切らない。
八幡浜市内でちゃんぽんを取り扱う店舗は40店近くに上る。ほかにもイタリアンやあんかけ風など、特色あるちゃんぽんが登場しており、人気を集めてきた。地元住民だけでなく、フェリーなどで遠くからやって来る人にとっても、ふと足を止めたくなる味のようだ。
ちゃんぽんの調理材料となる水産品の産地で、人々の往来が多い港町の愛媛県八幡浜市。ちゃんぽんが名物の他都市にも通じる普及の条件を備えていた。ただ、地域の食文化に育つ先駆けになった「丸山ちゃんぽん」など起業家の存在がなければ、今のような広がりはなかっただろう。こうした食文化に光を当てようと、地元商工会議所の青年部は店のガイドブックを作り、情報を発信。八幡浜市も商工観光課内に、ちゃんぽん担当の係を置き、市内外のイベントなどでPRに取り組んでいる。
(松山支局長 片山哲哉)
[日本経済新聞夕刊2021年3月11日付]
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