岡林信康「最後のアルバム」 23年ぶり全曲書き下ろし
「フォークの神様」こと岡林信康(74)が「最後のアルバムになる」と自任する新作を発表した。23年ぶりに全曲を書き下ろし、環境破壊や体制への批判を込めた痛烈なメッセージソング集だ。
「自分はもう新しい曲を書くことはない。ライブで昔の曲を歌っていくだけだと思っていたのに、去年4月、テレビのニュースを見ていたら急に歌詞が浮かんできた」。岡林はそう振り返る。それがアルバムのタイトルにもなった久々の新曲「復活の朝」だ。文明が滅び、人類が絶えて動植物の楽園となった地球の未来を端正なフォークロックにのせてつづっていく。
強烈な体験
近年のライフワークであるギター弾き語りのライブツアーはコロナ禍で、2020年2月の福島県いわき市を最後に休止したままだ。「ずっと歌ってきたのに歌えなくなった。すると、自分は歌うことで精神の平衡を保っていたんだと気付いた」。鬱々とした毎日を過ごすうち、「中国の大気汚染がコロナ禍で改善し、青空が戻ってきた」というニュースに目がとまった。
何気ない日常が揺らぎ、急に浮かび上がってきた人間の生と死、そして罪と罰。「すぐに1曲書き上げて、半年ほどで立て続けに9曲ができあがった。こんなことは初めて」と自分でも驚いたという。
新曲は初孫を授かった喜びを歌った12年の「さよならひとつ」以来、9年ぶり。「自作自演だから新しい曲を書くには、何か全く新しい体験をしないといけない。孫はそれだけ自分にとって大きな存在だった。もう70歳も過ぎて、そんな体験はないだろうと思っていたのに、コロナですべてが変わった」と衝撃の大きさを打ち明ける。
恋愛、老い、友との別れ、輪廻(りんね)するいのち――。新作にはこれまで歌ってきた私小説的なモチーフが並ぶ。興味深いのは政治権力や社会体制への強烈な皮肉、風刺を込めた「アドルフ」などの曲だ。
岡林は1968年、日雇い労働者の悲哀を歌った「山谷ブルース」でデビューした。政治家をこき下ろし、社会風刺を込めた「くそくらえ節」などが熱狂的に支持され、一躍反体制のシンボルとなる。だが、そういった直接的なプロテストソングばかり求める聴衆や左派団体とのあつれきに悩み、音楽活動を一時休止、姿をくらましたこともある。「こういう反体制の曲はもういいやと思っていたけれど、今回は自然に出てきた。やっぱり自分の中にもともとそういう部分があったのかもしれん」。自分への称号でありながら、縛られ苦しめられてきた「フォークの神様」という偶像とも自然体で向き合えるようになった。
「友よ」の続編も
新作は賛美歌風の旋律に乗せた「友よ、この旅を」で幕を下ろす。68年に発表して、学生運動や政治闘争のテーマソングとなり、音楽の教科書にも載った代表曲「友よ」の続編という。ライブでも歌うことなく長く「封印」してきたが、なぜ今続編なのか。
「いろんな人が歌って、もう自分の手を離れているから、わざわざ歌うことはないと思っていた。でも一つだけ気になっていたのが『夜明けは近い』という歌詞。確かにどんなに暗い夜もいつかは明けるが、また夜はやってくる。だから新曲では『陽は沈み陽は昇る』として、喜びも悲しみも受け止めようと補ってみた。これでようやく満足できた」
「50年以上歌ってきたけど、いまだに歌はよくわからん。わかったのはそれだけ」と笑う。
(多田明)
[日本経済新聞夕刊2021年3月9日付]
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