ほうじ茶で炊いて味付けは塩のみ 奈良の茶がゆ
奈良の郷土食の代表といえば「大和の茶がゆ」。ルーツは諸説あるが、僧坊の食事として始まり、庶民の間に広まった。かつては普通に家庭の朝の食卓に上っていたソウルフードだ。
奈良盆地の茶がゆは一般的にほうじ茶や番茶を使い、さらっと炊き上げる。釜で炊くとおいしいが、鍋で作るとおいしくないともいわれる。ただ、作り方は同じ奈良県内でも土地柄によってさまざまだ。昔は各地域の地米で炊く茶がゆには、それぞれの風味や香りがあったという。かゆの粘り加減や塩味のきかせ方なども家庭によって異なっている。
そんな家庭の味だった茶がゆを奈良名物として売り出したのが「塔の茶屋」だ。「奈良にうまいものなし」といわれるが、それならば観光客に喜ばれる郷土料理を提供しようと、興福寺の五重塔のそばで1964年に開業した。今は観光客に人気の奈良市の旧市街地「ならまち」に店を移して5年目になる。
メニューは「茶がゆ弁当」と「茶がゆ懐石」の2つだけで、茶がゆに煮物など旬の味覚が詰まった器などが加わる。店の自慢は緑茶で炊いた色鮮やかな茶がゆ。味付けは塩だけとシンプルだが、口に含めば上品なコメの甘みとほのかな茶の渋みが広がる。
「先代があちらこちらの茶がゆ名人のおばあさんに聞いて回り、試行錯誤を重ねた」と2代目店主の河瀬ゆりさんは話す。コメを強火で炊き、米粒が割れる寸前に火を止める。緑茶を木綿の茶袋に入れ、さらさらと仕上げる。ぬめりが余分に出てくると、茶の風味が出てこないので加減が難しい。
町屋かふぇ「環奈」では、かき餅が入った茶がゆを味わえる。客が自ら七輪でかき餅をあぶり、はけを使ってしょうゆを塗る。「昔の人は茶がゆに、あられやかき餅を入れて食べていたという。古い食べ方を再現してみた」と代表の池尾嘉奈子さんは語る。かき餅のしょうゆが焦げたような香ばしさが茶がゆの中に広がり、歯応えもある。
東大寺法華堂の前にある「東大寺絵馬堂茶屋」は古くから茶がゆなどを提供してきた。新型コロナウイルスの感染拡大で1月から営業を中止していたが、1日に再開した。ここの茶がゆは最初に生米のまま煎る。「キツネ色になるぐらいまで煎ることで、コメの香ばしさが出てきて、ふやけるのも遅くなる」と店長の後藤雄作さん。ほうじ茶で炊いて塩味を付ける。シンプルな味だが、東大寺の境内で味わうとまた格別である。
東大寺二月堂の修二会(お水取り)で、堂にこもる練行衆といわれる僧たちが1日のお勤めの後、最初に口にするのが「ゴボ」。いわゆる茶がゆの重湯だ。東大寺では古くから茶がゆを食べていたとされ、750年ごろ、大仏建立時に振る舞われたのが茶がゆの起源という説がある。宮武正道著の「奈良茶粥(がゆ)」によれば、源平合戦で敗れた平景清が東大寺の大仏殿再建の落慶供養の折に参詣する源頼朝の暗殺を企て、転害門に潜んでいたときに腹具合がいいと食べたのが始まりという説もある。
(奈良支局長 岡本憲明)
[日本経済新聞夕刊2021年3月4日付]
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