韓国映画、女性の視点に共感 生きる姿勢を丁寧に描く
アクションやサスペンスなどハードな印象の韓国映画が変わってきた。女性の視点で家族や自身の生きる姿勢を丁寧に描く作品が続々登場。日本でも公開され、静かな共感を集めている。
トマトやブドウが庭に実り、風が吹き抜ける窓辺には足踏みミシン。家族そろってスイカをほおばり、夜は蚊帳をつった部屋で眠る。公開中の映画「夏時間」は、祖父の家で暮らす3世代のひと夏を描く。主人公は10代の少女オクジュだ。
甘えん坊の弟の面倒をみながら、健康を害した祖父、路上で靴を売る父、離婚寸前の叔母との暮らしが始まる。この家に母の姿はない。多感な年ごろのオクジュは同級生との淡い恋にときめく一方、自分の家族が多くの問題を抱えていることを肌で感じとる。
観客の友になる
1990年生まれの女性監督ユン・ダンビの長編デビュー作だ。劇中さまざまな出来事が起きてもことさら強調せず、むしろ淡々とした日々にオクジュの心の揺れが透けてみえる。「人は誰しも長所があれば短所もある。それは家族も同じ。不完全ながらも補い合い、家族として成長する姿を描きたかった」と監督。目指したのは「観客の友になるような映画」だという。「私にとっての映画がそうだったように、さびしさを癒やし、苦しみを共有する友になればうれしい」
女性の主人公の内面を、みずみずしく繊細に描いた韓国映画が相次いで日本公開されている。「子猫をお願い」(2001年)、「わたしたち」(16年)などこれまでも名作はあったが、この1年でぐっと増えた。30代女性の生きづらさをテーマにした人気小説を映画化した「82年生まれ、キム・ジヨン」(昨年10月公開)、失業したアラフォー女性の再起をユーモアを交えて描いた「チャンシルさんには福が多いね」(今年1月公開)などだ。
流れに弾みをつけたのが「はちどり」だろう。14歳の少女ウニが、男性優位の理不尽と疎外感に直面しながら成長する。キム・ボラ監督の実体験をもとにした初長編で、世界各地の映画祭で受賞を重ねた。昨年6月、コロナウイルス感染拡大の中で日本公開したが、息の長いヒットとなり、予想の2倍以上となる約4万5000人を動員した。
配給会社アニモプロデュースの代表、成宏基氏はベルリン国際映画祭で作品を見てすぐに買い付けを決めた。北朝鮮の金日成主席が死去し、ソウル中心部のソンス大橋が崩落した94年当時の韓国を舞台にしているが、「こうした時代背景を知らない観客からも評価を得られる自信があった」という。
同社の「はちどり」の作品担当者、湯川靖代さんは「ウニは家の中で居場所がなく、向き合ってくれる大人もなかなかいない。想像力をかき立てる余白の多い演出も相まり、観客の人たちに『これは自分の物語』だと感じてもらえたのではないか」とみている。
くしくもこれらの映画はすべて女性の監督による作品だ。機材の小型化、映画づくりを学ぶ環境の変化もあり、「映画監督にかつてのようなカリスマ性や男性的強さは求められなくなったと思う」とダンビ監督。「#Me Too」運動も後押しになっているようだ。
限界に挑戦
そうした中で「野球少女」(5日公開)は、男性監督チェ・ユンテによる女性が主人公の映画だ。女子というだけでプロの門戸を閉ざされた投手が、それでもプロ選手を目指す。
リトルリーグで活躍する女子選手のインタビューを見た監督の妻が、「結局はプロになれない」というニュアンスで報じられていたことに不快感を示したのが映画制作のきっかけだった。「女性もプロになれる規定だが、現実には中学以降も野球を続ける女性は極めて少ない。深刻な問題だと思った」
映画では「限界に挑戦する女性」という側面に焦点を当てた。「以前は女性が主人公、というだけで商業的価値に乏しい映画と目され、そうした脚本を書くことも避けられた。だが社会は変わった」とチェ監督は話す。
(関原のり子)
[日本経済新聞夕刊2021年3月1日付]
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