長期入院の子に学習の場を コロナ禍でオンライン活用
小児がんなどで長期入院する子どもたちの学習を支える活動が広がってきた。治療や体調などの事情に合わせ、一人ひとりに寄り添う。新型コロナウイルスの感染が拡大してからはオンラインによる遠隔授業を活用し、切れ目なく学べるよう工夫を凝らす。
「勉強する機会がなかったら、ずっと病室に引きこもっていたと思う」。岡山県の高校1年生の男子生徒は小学6年生のときに血液の難病、骨髄異形成症候群を発症し、約2年半入院した。院内学級に通う間に勉強で分からない点を教えてくれたのは復学・学習支援の認定NPO法人、ポケットサポート(岡山市)だ。
今も通院を続けながら、オンラインで教わる。入院中には諦めていたという全日制の高校への進学も果たした。「医療の仕事で恩返しがしたい」と夢を抱く。
ポケットサポートの三好祐也代表理事は約30年前、5歳で腎臓疾患のネフローゼ症候群を発症。義務教育期間の大半は入院していた。「院内学級があったから病気を忘れて勉強したり遊んだりできた。治療に向かう力になった」。メンバーにも小児慢性疾患の経験者が多く、治療と学校生活の両立などの相談に乗る。コロナ拡大後はテレビ電話を使った支援に切り替えている。
オンライン家庭教師サービス「エイドネット」も入院中の子のための「CA・YO・U(かよう)プロジェクト」を展開する。プロ講師らの個別指導で利用は無料。体調や治療などの都合に合わせて申し込める。
遠隔指導には本業のノウハウが生きる。「ネット環境さえあれば感染症の心配もなく、無菌室でもできる。受験を控えた子も将来を諦めずに済む」と運営会社の西岡真由美さんは話す。
長期入院する子の学習の問題はこれまで見過ごされがちだった。文部科学省の2015年発表の調査によると、30日以上入院した子のうち、小・中学生の約4割、高校生の約7割に学習支援がなかった。義務教育ではない高校生向けは特に手薄になりやすい。
自治体が設置する院内学級があっても、転校の手続きが必要で退院後に元の学校への復学が難しくなる場合がある。今は感染予防のため、院内学級の一時閉鎖や教員の訪問教育を制限する病院もある。学習の機会確保は急務だ。
積極的な自治体もある。京都市の桃陽総合支援学校では運営する院内学級の小・中学生向け授業や全校集会などの行事にオンラインを活用。高校生は在籍校と調整し遠隔授業ができるよう協力する。
コロナ禍で協力の輪が広がるケースも出てきた。これまでは入院中の高校生の在籍校に授業の映像配信を頼んでも「特別扱いできない」と断られる場合が多かった。最近は遠隔授業に慣れ、対応してくれる学校が増えてきたという。
「優しさからでも、『学校のことは考えず治療に専念してね』などと言われると、学校から切り離された気になってしまう。遠隔授業は生徒のアイデンティティーを確保する大切な方法だ」。保護者と学校、病院をつなぐ医教連携コーディネーターの篠原淳子教諭は言う。
今後は課外活動のオンライン対応が課題だ。病弱児教育に詳しい育英短期大学の栗山宣夫教授は「学校は勉強するだけでなく、仲間とつながる場でもある。授業の配信だけでなく、課外活動にもうまくオンラインを使ってほしい」と語る。
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心の安定、治療への意欲にも
長期間の治療が必要になる子にとって、勉学は精神面の安定や成長に役立つ。国立成育医療研究センターこころの診療部の田中恭子医師は「自分の意のままになることが少ない入院生活で、勉強は自身を尊重する気持ちにつながる。生活のメリハリができ、治療への意欲が保たれる利点もある」と説明する。
病の発症は「これまでの日常が失われる自己喪失の経験。予期できない不安が長く続くと心の傷になりうる」。自己を確立する時期に学び、仲間と触れ合い、自分の居場所を確保するのは療養中でも大切だという。
コロナ禍の今は面会制限などで、今まで以上にストレスが増えやすい。田中さんは「オンライン授業も受けられない中、将来への不安が強くなり、治療への意欲が減退する子もいる。個の状況に合わせた学習環境を早急に整備すべきだ」と強調する。
(関優子)
[日本経済新聞夕刊2021年2月24日付]
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