世界史を時系列ではなく同時代のヨコのつながりで捉える「グローバルヒストリー」の考え方が学習漫画にも浸透してきた。若い世代が感染症など地球規模の課題に向き合いやすくする。
KADOKAWAが25日に刊行予定の角川まんが学習シリーズ「世界の歴史」は全20巻。「新しい世界史へ」「グローバル化と世界史」などの著作がある東京大学の羽田正名誉教授が監修者となり、4年半をかけて完成させた。
地域間交流に光
400~800年を扱う第4巻「唐・シルク=ロードとイスラーム教の発展」など、特定の時期の中で世界諸地域の動きを比較したり、地域間の交流に光を当てたりする構成が特徴だ。
従来の世界史漫画のシリーズでは、中国の唐王朝について同時代のイスラームの動向と比較することはほとんどなかった。もっぱら漢、隋、唐という王朝交代をタテの時間軸に沿ってまとめる「古代中国」の巻で扱っていた。こうした構成は「国や地域単位の歴史をまとめてヒモで縛ったのが世界史だという意識を強く反映している」と羽田氏は指摘する。
国ごとの時系列のタテ軸の歴史叙述は、かつてなら大きな意味があった。欧州列強の植民地だったアフリカ諸国が1960年代に次々と独立し、南極を除く地球上の陸地のほぼ全てを近代的な主権国家が占めるようになった。「新しく生まれた国家では国民としてのアイデンティティー(主体性、独自性)の感覚を育てるため、国ごとの歴史が大切にされた」(羽田氏)からだ。
それから半世紀以上がたった2020年代、世界情勢は一変している。ベルリンの壁が崩壊した1989年に東西冷戦が終結し、90年代に入ってからは通信技術の飛躍的な進化もあって世界は一体化の度合いを深めた。グローバル化による人、モノ、資本、情報の自由な移動が人々の生活に恩恵をもたらす。
その一方、「災害や環境汚染、宗教・民族対立や難民などの問題は、一国内での対応では到底解決できない。日本人やアメリカ人ではなく『地球人』としての帰属意識を持てるような歴史の捉え方が必要になってきた」(同)。
今回のシリーズで、米国史上最大の内乱である南北戦争は1860~90年を扱う第12巻「ヨーロッパ再編とアメリカの台頭」に含まれる。従来であれば18世紀の米国独立革命とつなげ、米国史の一環として時系列で取り上げるのが常道だった。第12巻では代わりに中国やトルコ、ロシアなどユーラシアの帝国の近代化、日本の明治維新、ドイツ、イタリアの国家統一の動きと並べて描く。そこからは、産業化の進んだ英仏の強大さに周辺地域が対応を迫られ、変革を急ごうとしたという当時の世界像が浮かび上がってくる。
2022年度に導入される高校の必修科目「歴史総合」にも準拠しつつ、全20巻の過半数を占める11巻を近現代史にあてたのも大きな特徴だ。「現代世界が抱える問題の根っこを理解するために歴史を学ぶのであれば、ぜひ19世紀以降を扱った巻を読んでほしい」と羽田氏は強調する。
地球規模の思考
19世紀末から20世紀初頭を扱った第13巻「帝国主義と抵抗する人々」、第14巻「第一次世界大戦とアジアの動向」、第15巻「世界恐慌と民族運動」は欧米、さらには日本が「自由・民主・平等」の理念を掲げつつ、同時に植民地支配を続けた矛盾を描いている。
人種や民族間での不平等は現代にも深刻な影響を与え続けている。対抗する動きは近年「BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大切だ)運動」として大きなうねりを見せている。
世界史は他の実践的な学問や知恵とは違って、即戦力にはならない。「学べばすぐに食糧問題が解決するわけでもない。歴史はとても迂遠(うえん)な(=まわりくどい)ものだ」と羽田氏。何ごとも地球規模で考えざるをえなくなった時代に必要とされる思考の「基礎力」(同)を養うためのものと捉えるほうがいいだろう。
(郷原信之)
[日本経済新聞夕刊2021年2月15日付]