脳卒中リスク働く世代も 復職特化、実践的なリハビリ
手足のまひや言語障害などの後遺症で知られる脳卒中。国内に110万人以上の患者がいるとされ、生活習慣の乱れなどを理由に働き盛りも直面するリスクがある。職場復帰を支援するリハビリでは、パソコンなどを使った実践的な訓練が広がりつつある。就労後も職場と連携してサポートする施設も登場している。
東京都豊島区の脳卒中・身体障害専門就労支援センター「リハス」大塚で1月、脳卒中の後遺症を抱える約10人の通所者らが、表計算ソフトなどを使った作業に集中した。事務机も整ったオフィス環境で理学・作業療法士が訓練を支える。
2019年1月、脳卒中患者の就労や復職の支援を目的に開設された。40~50代の働く世代を中心に20代も通所。プログラムはリハビリの専門家が後遺症の症状などを評価し作成している。
プログラムには備品の発注リストの作成やパワーポイントを使った発表の機会などを盛り込んだ。通所の費用は障害者総合支援法に基づく国の補助金で大部分が賄われるため、自己負担は原則1割で済む。
通所する男性(48)は広告代理店の営業職だった18年9月、自宅で入浴中に脳出血で倒れ、回復後も失語症などに悩む。19年7月の入所当時は短い文章を話すのに苦労したが、今は格段に会話を円滑にできるようになり、表計算ソフトの技術なども身につけた。
今春の職場復帰を目指し会社と話し合いを進める。今度は経理を志望しているといい「できるだけ発症前の状態に戻りたい」と話す。
新型コロナウイルスの影響で求人状況は厳しいが、障害などが理由で通勤が難しい人の中には、在宅勤務の広がりを前向きに受け止める機運もある。こうした人々を支えようと、系列の「リハス」名古屋丸の内は19年から、無料電話アプリでの支援を展開し、20年3月に40代の男性が人材派遣会社に就職した。
同施設は復帰後も勤務先と定期的に話し合う機会を持つ。利用者の障害の特性などを理解してもらうことで職場への定着につなげたい考えだ。運営する金沢QOL支援センター(金沢市)の岩下琢也社長は「脳卒中は発症後の復職率が約4割。復帰後、周囲の理解が得られず辞める例もあり、継続的な支援が求められる」と話す。
脳卒中は脳血管障害とも呼ばれ、脳梗塞と脳出血、くも膜下出血の3タイプがある。厚生労働省は17年の患者を約111万人と推計、約16%が就労世代(20~64歳)とされる。
若い世代の発症は、血液を固まりやすくする経口避妊薬の摂取や喫煙などを要因とする指摘もある。何らかの理由で脳の動脈の内壁がはがれ、隙間に血液が入る「脳動脈解離」も年齢との関連が注目されている。
就労支援の治療を続ける関東労災病院(川崎市)は、手足の筋肉が固まる脳卒中の後遺症「けい縮」の患者に、ボツリヌス菌がつくるたんぱく質を用いた薬剤を注射し筋肉を緩める治療に力を入れている。
通常は発症後3日以内にリハビリを始め、復職に向けた精神的支援も同時に進める。小山浩永リハビリテーション科部長は「重い後遺症に悩む人は職場への申し訳なさから退職を急ぎがちだ。復職の動機づけや話し合いが欠かせない」という。
30歳以下の若い患者に特化したプログラムを提供するのは、千里リハビリテーション病院(大阪府箕面市)。失語症などの後遺症を持つ人向けに、スマートフォンの通話アプリ「LINE」で意思を伝える訓練などを実施する。リハビリ後の職場復帰が円滑に進まない人を事務職で雇用する制度も設けている。
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失語症 交流会で支援
20年7月発表の日本脳卒中協会(大阪市)の調査では、脳卒中の患者が職場復帰した割合は約43%で、失語症の人が復職後数カ月で退職する例もあった。
広島国際大の沖田啓子教授(言語聴覚療法学)は「失語症は外見で分かりにくく孤独を感じる人は少なくない」と指摘。18年2月、社会活動の場を提供する交流会「Green」を立ち上げた。
広島市内を中心に毎月1回程度開き、20~50代の約20人が集まる。新型コロナの感染拡大後はオンラインでも実施。意思疎通を手助けするボランティアを通じ、求人情報の交換のほか、仕事での悩みなどを幅広く話し合う。
自力での買い物などもサポートする。沖田教授は「施設を出てからの支えは少なく、支援の手をさらに広げる必要がある」と強調している。
(佐藤淳一郎、福田航大)
[日本経済新聞夕刊2021年2月10日付]
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