邱永漢に学ぶ中国ビジネスの心得 職人気質をアピールシスメックス会長兼社長 家次恒氏

家次恒氏と座右の書・愛読書
家次恒氏と座右の書・愛読書
エリートコースを走っていた銀行マンが30代後半に中小企業経営者に転身。周囲の世界が一変した。
いえつぐ・ひさし 1949年大阪府生まれ。73年京大経卒、旧三和銀行へ。86年旧東亜医用電子入社、96年社長、2013年から現職。16年から神戸商工会議所会頭。

「東亜医用電子」の社名だった1984年に創業者だった家内の父が急逝し、2年後に取締役として入社しました。銀行から医療検査機器メーカーへの転身ですから仕事の環境はガラリと変わりました。ただ、入行5年目に日本生産性本部に1年間出向した経験があり、生産管理や労務管理の座学に加え、メーカーの製造現場での実習もこなしました。ものづくりの勘所はなんとなく理解できていた気がします。

96年に社長に就任します。前年の大証2部上場に続き、東証2部上場を果たしたのもこの年です。会社はヘマトロジー(血球計数検査)分野中心の専門メーカーから、試薬などにすそ野を広げる総合メーカーへの脱皮を進めていました。グローバル展開も視野に入れ、社名を「シスメックス」に変更したのが98年。その時に出会ったのが『黄金のDNAらせん』です。

先端医療・医薬の分野で、DNAの構造や機能の解明を軸にしたゲノム(全遺伝情報)サイエンスという大きな研究領域が生まれ、ゲノム創薬やゲノム医療が新たな産業を生み出すと書かれていました。そして、バイオベンチャーを中心に研究開発が進む米国に比べ日本が大きく後れを取っていることも。会社で研究者に「ゲノムって知ってる?」と尋ねると、誰も満足に答えられません。これはいかんと「中央研究所」の設立を思い立ち、神戸市のテクノセンター(現テクノパーク)内に2000年に開設しました。

バイオ分野などへの進出と並行し、グローバル展開も加速。今では海外売上高比率が約85%に達する。

最初の海外拠点は72年に駐在員事務所を置いたドイツでしたが、一気にネットワークが広がったのはベルリンの壁崩壊以降です。一段と追い風になったのはEU(欧州連合)の発足です。わが社は製品を売るだけでなく使い方の指導などサービスが大切。海外で必要なのは販売代理店よりも事業拠点で企業買収も積極的に進めています。

『中国人と日本人』は一筋縄ではいかない中国でのビジネスを考えるうえで大変参考になりました。著者の邱永漢さんによると、中国人は根っからの「商人」であり、日本人は「職人」。職人は商人と駆け引きをしても勝てない。だから、日本人はむしろ職人気質を貫いた方が良いとのこと。これを読んで「目からウロコ」でした。95年に中国・済南に試薬供給・技術サービスの合弁会社を設立しましたが、非常にうまくいっています。

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