白味噌の風味、音立てかきこむ 静岡・丸子のとろろ汁

待月楼のとろろ汁はすり鉢で出てくる
待月楼のとろろ汁はすり鉢で出てくる

「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」。松尾芭蕉が詠んだ俳句にも登場する静岡市駿河区丸子(まりこ)地区の名物「とろろ汁」。自然薯(じねんじょ)などのとろろ芋をすり下ろして味噌汁で割り、麦飯にかけて食べる郷土料理だ。新型コロナウイルス禍の折、通信販売を利用して家庭で味わう手もある。

静岡市中心部から国道1号で8キロメートルほどの丸子はかつて、東海道沿いで最も小さな宿場町「丸子宿」があった。

旧東海道沿いの古民家の姿を残した店が最も有名な「丁子屋」だ。慶長元年(1596年)に初代の丁子屋平吉が創業した同店は、県内の契約農家が栽培した豊富な自然薯を機械ですり下ろす。看板のとろろ汁を中心とする定食を提供している。「ザァザァと音をたてて食べてください」。14代目の丁子屋平吉を継いだ柴山広行さんはとろろ汁のおいしい食べ方を説明する。

古民家風の外観も風情がある(丁子屋)

味噌汁で伸ばしたとろろは、麦が3割程度入った麦飯との相性がよいという。薬味には香りが薄い静岡県産アサツキを使うのが一般的だ。白味噌の優しい風味に加え、喉越しがよく、何杯でもおかわりできそうだ。

「自然薯はかつて、庶民が食べる物ではなかった」と語るのは、老舗割烹(かっぽう)料理店「待月楼」の八木章夫さん。江戸時代まで丸子の周辺で取れた自然薯は天日干しして粉末にし、滋養強壮に良い食べ物として京都の朝廷に献上されていた。

とろろ汁の起源は定かではないが、貧しい宿場町だった丸子で朝食に食べた残りの味噌汁にすり下ろしたとろろを入れ、ご飯にかけて昼食にしたのが始まりだと地元では伝えられている。

調理法やダシ、食べ方などは店によって微妙に異なり、食べ比べてみるのも面白い。例えば、丁子屋はカツオだしを入れるのに対し、コース料理の一品と位置づける待月楼はサバと昆布のダシを使うといった具合だ。

渓月の「揚げとろ」はサクサクした食感だ

とろろを使った料理は他にもある。とろろ汁を油で揚げた「揚げとろ」はサクサクとした歯応えが心地よく、定食店「渓月」など各店で味わえる。待月楼でデザートとして提供する「とろろアイス」はねっとりとした舌触りだ。

ととろ汁を味わうには丸子を訪れるのが一番だが、コロナ禍で来店をためらう人には丁子屋がウェブサイトで販売する自然薯と白味噌のセットがお薦め。家庭で皮ごとすり下ろして味付けし、味噌汁で伸ばす。温かいご飯にかけて食べながら、東海道の旅人に思いをはせるのも一興だ。

<マメ知識>江戸後期から名物に
 待月楼の八木さんによると、とろろ汁が有名になったきっかけは、江戸時代後期に発刊された十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」だという。東海道を旅する弥次さん、喜多さんが茶店でとろろ汁を食べようとしたが、店夫婦のけんかに巻き込まれてしまう。歌川広重の浮世絵木版画「東海道五十三次」では、旅人らしき2人が食事する茶店の軒先に「名ぶつ(名物) とろろ汁」と書かれた看板がかかった作品がある。こうした作品を通じ、「丸子のとろろ汁」は知られていった。

(静岡支局長 原田洋)

[日本経済新聞夕刊2021年2月4日付]