時代小説、現代とともに 佐伯泰英の著作を電子書籍化
文庫書き下ろし時代小説の第一人者で、総発行部数7000万部超の人気作家、佐伯泰英の作品が今春、初めて電子書籍化される。紙の本へのこだわりを振り切るまでの思いや背景を聞いた。
「自分はもうすぐ79歳になるが、物心ついた時から新聞や貸本などで活字に接してきたから、紙への愛着は常にある」
「(作家として売れない時代を経て)時代小説に転じて少し日の目を見てからは、本屋さんのために自分ができるのは定期的に本を送り出すことだと考え、よそ見せずに紙の本にこだわってきた。僕の年を考えれば、それ(紙)で終わりだと思っていた。紙と心中しようと思っていた」
それでも電子書籍化を決断したのは、どんな理由があったのか。
「時代(の変化)が早かった。愛着を持っていた本屋がどんどんなくなっていく。ふと周りを見てみると、電子書籍がそれなりの存在感を持っている。コロナ禍で出歩くのも難儀な世の中になった。出版社からは、紙と電子の読者層は別なんじゃないかとも聞いている。モノ書きの意地で(電子書籍化を)拒み続けるのは傲慢すぎるのかなと感じた。著作権の問題とかを考えると、私が生きている間にやった方がいいとも考えた」
「正直にいうと、電子書籍のことはまだよく分かっていない。紙だとなんとなくわかるんだけど。そんな僕が勝負できるのが作品の数。時代小説だけで280作くらいあって、今回は『居眠り磐音』や『密命』、『酔いどれ小籐次』シリーズなど、その半分近く(123作)を一気に出せる。これが成功すれば第2期の電子書籍化ということになるだろう」
代表作「居眠り磐音」シリーズを加筆修正した「決定版」全51巻が3月に完結する。
「ずっと『読み物の職人』を自任してきて、作品は一回こっきりのものと思っていた。全巻を精査し、通読したことがなかった。読み返さずに書いていた。改めて読み返してみると『これ面白くねぇ?』というのが正直な感想だ。(初出から)20年近くたっていても、この物語はまだ世にあっていいと思った。大きな筋は変わらないが、新たな校閲を経て、編集の方にも見てもらい、小さな不自然さは全部取り外した」
コロナ禍などの社会情勢は、遠い過去を描く時代小説の創作にも影響を与えるものなのか。
「自分は『マゲのない時代小説が現代モノ』だと思っている。時代とともに、時代小説の主人公も変わらないといけない。この20年、コロナ前から社会への漠然とした不安は高まっていたと思う。そんな中でいっとき、現実逃避する時間を与える小説が書けたらいいと思っていた。それを読者が支えてくれた」
「4~7月に出る全4巻の『照降町四季(てりふりちょうのしき)』は、女性主人公が職人として自立していく物語。人口が少なくなっている現在の日本で、女の人の英知を社会に還元していけばいいのに、という思いがあった。江戸の大火から立ち直っていく人々の物語でもあり、現代小説といえなくもない」
「もう長いモノを書く体力はない。できるのは、せいぜい4冊くらいを新しい設定で書くこと。現代からテーマを見つけて、(舞台を)江戸に移して書いていけたら」
(聞き手は柏崎海一郎)
[日本経済新聞夕刊2021年2月2日付]
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