VR駆使、境界なくす自由な表現 デジタルアートを体感
仮想現実(VR)や最新の映像技術を使ったデジタルアートが広がっている。国境や時間、空間を超え、障害者と健常者の境界も消える。分断がない未来の可能性を体感した。
凸版印刷や京都大学が京都市の名刹、大徳寺瑞峯院(ずいほういん)のふすまや枯れ山水庭園を舞台にVR技術を駆使した「オンラインアート展」を開催している。パソコンやスマホで、障害者が描いた絵38点を、寺の見学をしながら鑑賞できる。
画面の矢印を押すと、実際に歩いているように建物の内部に入れる。瑞峯院は重要文化財。360度回転させて天井の木目まで間近に確認できるのが面白い。昭和を代表する作庭家、重森三玲が手掛けた枯れ山水の庭園上の空中に作品が並ぶ。高精細なデジタル印刷技術で再現された絵をクリックすると作者の情報が表示され、購入ボタンを押すと1枚7万2千円(税別、送料別)で買える。
オンラインの自由度は高い。どの空間にも展示でき、住職の解説動画も画面から見られる。世界中どこからでも24時間鑑賞可能だ。凸版印刷人財開発センター長の巽庸一朗さんは「障害で現地に赴くのが難しい作家でも展示の様子を楽しめる。現代アートの作品と分け隔てなく並び、これまで見たことのない新しい価値を生み出す」と強調する。
寺側の利点もある。共同開催する良いお寺研究会代表理事の鵜飼秀徳さんは「寺は人を癒やす公共財であるべきだ。最新のデジタル技術を手段にした展示会は本来の寺の存在意義を高める」と話す。
展示会は無料。京大大学院特定教授の土佐尚子さんが流体をハイスピードカメラで撮影した映像を大徳寺に重ねた作品もユーチューブで同時開催。凸版印刷のホームページから2月末まで閲覧できる。
デジタル技術で圧倒的な映像空間を世界中に創造しているチームラボ(東京・千代田)。2018年6月、東京・お台場に開館したミュージアム「チームラボボーダレス」には、1年間で実に230万もの人が来館した。境界のない作品を体感してみた。
まず驚くのはその自由さだ。約1万平方メートルの空間に約60の作品が連続して現れるのだが、映像が映し出される壁や床を自由に触れる。ロープやガラスケースに遮られて作品を眺める普通の美術館とは別次元の無防備さだ。さらに、観客は写真も動画も撮影可能で勝手に配信できる。
壁や床には花が咲き乱れ、チョウチョウが飛ぶ。次の部屋に入ると、チョウがついてくる。人の動きに合わせて空間を超えて移動するのだ。壁の花を触ると花びらが散る。床に立っていると、次第に自分の周りに花畑ができる。
一体どんな仕掛けなのか。刻々と作品を描くのは520台のパソコンと映像を映し出す470台のプロジェクターだ。コミュニケーションズディレクターの工藤岳さんに解説してもらった。「作品はコンピュータープログラムによってリアルタイムで描かれ続けている。作品同士がコミュニケーションを取っているので、僕らもどう変化するかはわからない」
例えば「人々のための岩に憑依(ひょうい)する滝」という作品。正面の岩に光の粒子で表現した滝が流れ、近づくと自分をよけるように流れが変わる。人の影響で作品が変化し同じ表情は現れない。
「デジタルと自然は実はとても相性がいい」と工藤さんは言う。「現実の世界がそうであるように、距離を保てば花や虫と共生できるが、近づき過ぎると殺してしまう」
世界中で国境や民族の分断が進み、コロナがさらに境界を際立たせている。誰もが自由に参加できるボーダーレスな新しいアートの空間は、人と世界をつなぐ淡い希望を見せてくれる。
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「体験」から進化する歩み
東京のソニーミュージック六本木ミュージアムで2月18日まで開かれている展覧会「ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ」。オノ・ヨーコさんの1960年代の作品「天井の絵」の実物がある。脚立に上り天井の板を虫眼鏡でのぞくと「YES」の文字が浮かび上がる。体験型アートの原点だ。
「拒絶ではなく肯定だった」。作品を体験して心を動かされたジョン・レノンはヨーコさんと結ばれる。体験から体感へと進化し続けるデジタルアートも、肯定の世界観を見せてほしい。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2021年1月30日付]
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