NIKKEIプラス1

壁や床には花が咲き乱れ、チョウチョウが飛ぶ。次の部屋に入ると、チョウがついてくる。人の動きに合わせて空間を超えて移動するのだ。壁の花を触ると花びらが散る。床に立っていると、次第に自分の周りに花畑ができる。

一体どんな仕掛けなのか。刻々と作品を描くのは520台のパソコンと映像を映し出す470台のプロジェクターだ。コミュニケーションズディレクターの工藤岳さんに解説してもらった。「作品はコンピュータープログラムによってリアルタイムで描かれ続けている。作品同士がコミュニケーションを取っているので、僕らもどう変化するかはわからない」

例えば「人々のための岩に憑依(ひょうい)する滝」という作品。正面の岩に光の粒子で表現した滝が流れ、近づくと自分をよけるように流れが変わる。人の影響で作品が変化し同じ表情は現れない。

「デジタルと自然は実はとても相性がいい」と工藤さんは言う。「現実の世界がそうであるように、距離を保てば花や虫と共生できるが、近づき過ぎると殺してしまう」

世界中で国境や民族の分断が進み、コロナがさらに境界を際立たせている。誰もが自由に参加できるボーダーレスな新しいアートの空間は、人と世界をつなぐ淡い希望を見せてくれる。

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「体験」から進化する歩み

オノ・ヨーコさんの1960年代の作品「天井の絵」を展示(東京都港区)

東京のソニーミュージック六本木ミュージアムで2月18日まで開かれている展覧会「ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ」。オノ・ヨーコさんの1960年代の作品「天井の絵」の実物がある。脚立に上り天井の板を虫眼鏡でのぞくと「YES」の文字が浮かび上がる。体験型アートの原点だ。

「拒絶ではなく肯定だった」。作品を体験して心を動かされたジョン・レノンはヨーコさんと結ばれる。体験から体感へと進化し続けるデジタルアートも、肯定の世界観を見せてほしい。

(大久保潤)

[NIKKEIプラス1 2021年1月30日付]