「自然の中の家族」みつめて 絵本作家いわむらかずお
ねずみの大家族の暮らしを楽しく描いた「14ひき」シリーズが読み継がれている絵本作家・いわむらかずお。半世紀にわたり多彩な作品を生み出してきた創造力の源泉は、森の豊かな自然だ。
「絵本には作者の心の底にある真実が入り込む。そしてその世界が子どもたちに伝わっていくものだと思います」
いわむらの作品は世代と国境を越えて親しまれてきた。「14ひき」シリーズの発行部数は国内で763万部、14の国・地域で出ている翻訳版は791万部。世界中の子どもたちがその作品に夢中になってきた。
深い愛情を注ぐ
大きな魅力は透明水彩を使った絵の緻密さ。丹念に描かれた木の実の一つ一つ、草の一本一本が生命感を放っている。「細かく描くということは、子どもたちが画面の中にいろんな発見をしてストーリーを見つける手助けをするということ」といわむらは言う。
優しい画風だが、その背後には自然を見つめる鋭い視線がある。「山道で死んでいたハクビシンをその場で描いたこともある。巣から落ちたムササビの赤ちゃんを拾い育てたことも」。空想ではなく、自然の中に実際に身を置きながらまなざしを鍛えてきた。
1939年東京生まれ。東京芸大を卒業後、デザインの仕事をしながら子育てをする中で絵本に関心が向いた。自らも作りたいと思い、絵本作家の道を歩み始めた。70年代のことだ。
当時は創作絵本の黄金期。科学を素材にしたかこさとし、哲学的なメッセージを盛り込んだ佐野洋子、貼り絵で独創的な世界を作ったせなけいこ……きら星のごとき作家たちが活躍していた。これに対し、いわむらはミニチュアのように細部を描写した作品で注目された。それが83年発表の「14ひきのひっこし」と同「あさごはん」だ。
当時編集を担当した童心社の酒井京子会長は「たくさんの絵本が出ていたが、ここまで描き込んだものはなかった」と振り返る。
小さな家族の物語はたちまち子どもたちを魅了した。「どの子ねずみも同じくらい活躍させてあげたくなる。この子はこういう性格、と決めるのではなく、内面の多様さを表した」。深い愛情をねずみたち一人ひとりに注いでいる。
転機は75年。多摩丘陵の雑木林で「自分の作品の源となる原風景は豊かな自然なのだと気づいた」。しだいに「自然の中で暮らす家族を題材に、納得いくまで描き込んで作りたい」との思いが膨らみ、都内から栃木県益子町に移り住んだ。
実体験を大事に
それからこのシリーズの新作を出すのに8年かかった。「実体験を大事にしたいと思った」からだ。自然を見つめ、構想を練る。イメージが固まるとまずペンの細かな線で下絵を描き、それから透明水彩絵の具で彩色。見開き1ページを描くのに1カ月以上をかけてきた。そんな丹念な創作スタイルを今も貫いている。
「絵本には自然の中で暮らしていこうという考えを込めている」。昨年はいわむらかずお絵本の丘美術館(栃木県那珂川町)で画業50年の記念展を開いた。
幼い心に寄り添う秘訣はと聞くと笑顔でこう答えた。「子どもの目線になろうとするのではなくて、自分が面白いと思うことを子どもたちと共有しようとすることが大事なんだろうなあ。これが正しいと教えようしたり、押しつけたりすると、楽しくないでしょう」
(光井友理)
[日本経済新聞夕刊2021年1月26日付]
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