理解したい女性悩ます片頭痛 健康の課題にも多様性
女性に多い片頭痛について職場で理解を深めようと、啓発を始める企業が出てきた。カードゲームを使って健康課題の多様性を考えてもらったり、全社員にeラーニングを課して頭痛について学ばせたりする。働く人のQOL(生活の質)改善だけでなく、生産性向上による成長も見込む。
「体調の悩みは職場でいい出しにくい」「『しんどいアピール』と受け取られないかな」――。2020年12月、日本イーライリリーで職場の健康課題を話し合うオンラインイベントが開かれた。13人の参加者から次々に意見が出た。議論のきっかけは同社が開発したカードゲームだ。
ゲームでは「いい雰囲気の会議で、急に機嫌が悪そうな顔をする」など、周囲の誤解を招きそうな場面を題目に設定している。参加者は理由について「頭痛」や「雨」「エアコン」などと書かれた36種類のカードから1枚選び、議論する。
この日参加した同社の間宮真矢さんは「頭痛」のカードを選んだ。片頭痛の経験から「急に発作が起きるとしかめ面になる」などの理由を述べ、他の参加者と意見を交わした。間宮さんは「職場で話し合うのに役立ちそう」と話す。
片頭痛は頭痛の発作が突然出たり、発作を繰り返したりする神経学的な疾患だ。ズキズキする痛みが生じ、日常生活に支障がある人もいるが、重い痛みが周囲に理解されにくいという問題もある。イーライリリーなどによると働き盛りの30~40代を中心に女性の有病率は男性の3倍以上といい、女性ホルモンとの関連も指摘されている。
頭痛には締め付け感や圧迫されるような痛みが特徴の「緊張型頭痛」もある。日本頭痛学会によると、緊張型では痛みの程度が軽度から中等度なのに対し、片頭痛は中等度から重度とされている。片頭痛は寝込んでしまうほど激しい痛みが出ることがあり、発作中は普段は気にならないような光やにおいに敏感になりやすくなるという。
間宮さんも片頭痛を抱えており、ひどいときは座っているだけでも精いっぱい。前職では周囲の理解がなく、繁忙期に発作が出れば「頭痛でしょ。仕事やってよ」などと追い詰められた経験もあった。我慢していたが「生産性はゼロだったと思う」。
イーライリリーはこうした片頭痛の理解促進を目指す社内組織「ヘンズツウ部」を19年に発足した。20年には片頭痛を含む健康課題を抱える人たちが働きやすい職場を目指すプロジェクトに発展させた。神戸本社近隣のアシックスや神戸市などもプロジェクトに参画し、広がりを見せる。
この日のイベントはパソナの社員が参加した。同社の山本美緒さんは「自分の職場でもぜひやってみたい。チームビルディングにもなりそう」と話す。イーライリリーの山県実句さんは「誰にとっても働きやすい環境をつくり、個人のQOLが上がれば、組織の生産性向上にもつながる」と指摘する。
富士通も頭痛対策に乗り出した。18年に日本頭痛学会などと社内調査を実施し、約2500人の回答を得た。片頭痛や緊張型などに分類して聞いたところ、片頭痛を抱える人は全体で17%おり、何らかの頭痛がある人は85%を占めた。
一方、治療に取り組む人は16%にとどまる。同社は頭痛による組織への影響も試算した。普段の仕事の生産性を100%とすると、片頭痛により53%まで低下する。緊張型頭痛でも80%に下がった。欠勤や生産性比率、平均年収などから計算し、損失は年間26億8400万円とはじいた。
「これは放置しておけない」。危機感を持った同社は20年10月、頭痛への理解を深めるeラーニングを始めた。本体の全社員など3万4千人を対象にし、9割が受講を終えた。今後はオンラインで専門医に相談できる制度を用意し、必要に応じて診療につなげるなど当事者向けの支援も強化する。当事者同士の話し合いの場となるコミュニティーづくりも検討する。
富士通は以前から健康に関する社員向け講習を行ってきたが、頭痛を取り上げたeラーニングは特に関心が集まったという。アンケートでも「頭痛に対する認識が変わった」などの意見があった。もっと知りたいという社員向けに詳しいビデオセミナーも用意した。
調査では頭痛がある人の3割が周囲に理解されていないと感じていたという。同社健康事業推進統括部の東泰弘統括部長は「たかが頭痛、と誤解されがちだが、全員が正しい知識を持つことが望ましい。そのうえで休みを取る、と上司にいい出しやすい環境をつくることが重要だ」と話す。
カードゲームでは体調不良の原因に関わりそうなカードを選ぶ。取材した日は参加者が「頭痛」や「トイレ」などを選んでいた。「靴」を選んだ人は、足のむくみに悩んでいるのかもしれない。カードの中には「スプーン」「ジャングルジム」といった一見関係なさそうなカードも含まれている。参加者の一人は「自分では思いもよらないカードが別の人に選ばれていて驚いた」と話していた。
自分では考えもしないことが誰かの苦痛になっているかもしれない。実は健康の悩みを抱えているのに、サボっているなどと周囲が決めつければ二次的な苦痛になる。一人ひとりがまずは健康課題の多様性に思いをはせるのも、働きやすい職場づくりには欠かせない。
(酒井愛美)
[日本経済新聞朝刊2021年1月25日付]
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