きめ細かく上品な味 幻の和牛、岡山・新見の千屋牛
岡山県の高級和牛「千屋(ちや)牛」は県北西部の新見市で育つ。鳥取県境に近い千屋地区が名前の由来だが、全国ではあまり知られていない。市内の千屋牛外食店は約30軒。千屋牛振興会のホームページでは肉の販売店を掲載し、宅配対応の店もある。新型コロナウイルス禍で来店を敬遠する人も利用しやすい。
千屋牛を扱うJA晴れの国岡山畜産課(新見事務所)の植木博信副課長は「年間出荷は約800頭で、ほとんどが県内向け」と話す。市内には石灰質のカルスト台地が広がり、湧き水は高梁川の源流となって瀬戸内海へ。「水がいいのが牛には1番」という。
市内で人気の同JA直営店「焼肉千屋牛」。「年間100頭近くさばく。コロナ禍で団体客は減ったが、平日でも個人客が50組くらいで、高齢のファンも多い」と池田克店長は語る。サーロインやヒレ、特選カルビをお好みで網にかけて焼く。醤油(しょうゆ)に地元産のピオーネやトマトのジャムを加えた特製タレが味を引き立てる。柔らかくあっさりした味で、かみ心地もよく食が進む。
JR新見駅の近くの「グランドホテルみよしや」はA4ランク以上のロースやヒレを中心にしたステーキが看板だ。1934年に旅館として創業。千屋牛料理でもてなし、周辺の宿泊施設が廃業する中で生き残った。ホテルに改装した89年にレストランも開業した。調理場は約45年の経歴を持つ佐々木義晴料理長が一手に担う。ロースの千屋牛ステーキセットは醤油ベースの自家製和風ソースを使用。「濃くない味付けで脂も抑え、千屋牛の味を生かす」という工夫が、柔らかくジューシーな肉の魅力を引き立てる。
すき焼きが評判の「哲多食源の里祥華」は市街から車で約20分の静かな山間部にある。看板メニューは「熟成千屋牛魯山人風すき焼き御膳」。だし汁はみりんを少々加えた日本酒を沸騰させてアルコールを飛ばし、和風だしと醤油を合わせた。コクのある汁に肉を浸して食べた後は地元産の草間そばを入れ、最後は雑炊で仕上げ。一鍋で多彩な食感が満喫できる。
考案者は店を経営する楓(新見市)の井上富男社長。市内のホテルでフランス料理を修業後、93年に実家のある旧哲多町が建てた公設民営の店を任せられた。和食に軸足を移し、愛読する北大路魯山人の随筆をヒントに2014年に開発した。「千屋牛はきめが細かく上品な味。何でも合う。もっとおいしい食べ方を」と新たな調理法を研究中だ。
和牛は古くから近畿・中国地方で農耕用の家畜として重用された。19世紀半ばに製鉄業で成功した備中国実村(現在の新見市千屋)の豪商、太田辰五郎は地域経済活性化で開墾を奨励するため、近隣の竹の谷集落から良牛を仕入れて牛の改良を進めた。昭和期に入り、和牛登録協会の創設者になる羽部義孝が調査の結果、優れた和牛の系統牛「蔓(つる)牛」の最古の牛が竹の谷産だったいう説を掲げたことから、新見市の千屋牛振興会は「歴史のある和牛としてPRを進めていきたい」としている。
(岡山支局長 田村雅弘)
[日本経済新聞夕刊2021年1月21日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。