女性議員にも産休期間を 子育て当事者の代表を政治に
労働基準法は産後間もない女性会社員の休業を規定している。母体保護が目的だ。だが、特別職の議員は同法に基づく労働者とみなされず、この産休が適用されない。政治の場に女性を増やすため、女性議員が安心して出産前後に休める環境を整えようとする動きが出てきている。
山形市議の伊藤香織さん(39)は2019年5月、車イスで議会に現れた。初産から3日後のことだ。主治医に外出許可をもらって痛み止めの注射を打ち、父が運転する車でやって来た。だが、帝王切開した体は思うように動かせない。議場の階段で市の職員2人が車イスごと持ちあげて自分の席に運んでくれた。
会社員なら就業させてはいけない時期だ。この日は議長を選出する投票日。地方自治法では議員に「出席」を求めるとされる。伊藤さんは投票箱を持ってきてもらい、前かがみで腕を伸ばして用紙を入れた。所属する与党会派の市議の数は野党系会派と均衡する。1票差で伊藤さんが推す議長に決まった。結果を見届け、父の車で病院へ戻った。
「こうした事例は女性活躍の障害となりかねない」。伊藤さんの姿を目の当たりにし、市議の間で問題意識が高まった。山形市議会は20年3月「産前産後の女性議員の表決権等の確保」を求める意見書を全会一致で可決。議会への出席要件の緩和や代理人・通信端末を使った遠隔投票などを国が議論することを求めた。
「私は母子ともに健康だったが、これから妊娠・出産する議員にその保証はない」(伊藤さん)。県内の市議会議長会も首相や総務相にほぼ同じ内容の要望書を提出するなど、地域で議員の産休を求めるうねりが広がった。
労働基準法は出産する会社員に産前6週間、産後8週間の休業を定めている。雇い主は働く人の求めに応じて産前休業を認める。産後の6週間は必ず休ませる必要がある。会社などに賃金を支払われる立場の人が対象で、議員らは取得を想定されていない。
だが、出産時の体への負担は職業に関係ない。国会では2000年、橋本聖子参院議員の出産を機に参議院規則を改正し欠席届の理由に出産と明記できるようになった。01年には衆議院でも規則を改正した。15年ごろから地方議会でも見直しが進み、今では8割の市区町村議会で出産を理由に議会を休めるようになったが、会期中すべての日程を休めるわけではない。
休業期間を規定しない例が大半で、期間を定める議会は栃木県佐野市などごくわずかだ。個別のテーマを話し合う委員会などは欠席できても、伊藤さんのように投票を伴う本会議は出席が求められる状況も残る。
女性議員は東京の特別区議会で30%いるが、市議会で16%、都道府県と町村議会では11%にすぎない。女性議員の少なさが安心して出産できる環境整備の遅れとなり、女性の政治参画を遠ざける一因になる。海外ではニュージーランドで18年、首相が6週間の産休を取り副首相が代行を務めるなど、政治の要職につく女性も出産で一定期間休む例が出ている。
女性議員の思いは切実だ。出産議員ネットワークの発起人・代表世話人で東京都豊島区議の永野裕子さん(48)は地方議会運営のルール「標準会議規則」に産休の期間を盛り込むことを長年、訴えてきた。議員仲間と国の機関や各政党への要望に駆け回った。
永野さんは12年前、ひどいつわりを我慢し出産予定日まで議会に出た経験がある。産後は体全体が痛み、千葉県の実家で1カ月寝込んだ。ほかの議員から「切迫流産で緊急入院し、議会を欠席したら批判を受けた」などの声が寄せられ、厳しい状況は今もほとんど変わっていないと考える。
国会議員も動く。「出産を軽んじない社会に向け、孤軍奮闘する地方議員の力になりたい」。12月、有村治子参院議員は橋本聖子男女共同参画担当相や稲田朋美衆院議員と地方の議長会の代表者らに対し、標準会議規則に産前6週間、産後8週間の産休期間を明記する必要性を訴えた。
有村議員は「子育て世代の女性は議会に最も代表を送れていない層」と指摘する。全国で1700超の自治体で女性が1人もいない議会は300以上ある。高齢化の進展で議員のなり手不足も深刻だ。子供を産み育てる当事者の声を議会にもっと反映させ、地域を暮らしやすくするためにも女性を増やすことが重要だ。
期間明記のほかにも課題がある。駒沢大学の大山礼子教授(政治制度)は議員が安心して産休を取れるようにするには休業中、有権者に対する責任と、意思を示す議会の投票をどう遂行するかを解決する必要があると話す。
「議員の代わりに投票できる代理議員の指名などの議論が必要になりそうだ」。コロナの感染防止策としてリモートワークは普及した。議会の遠隔投票も導入を検討する時期に来ているのかもしれない。
産休は命を守るための権利だ。取れなければ、母と子を危険にさらすことに等しい。現状では子供を持ちたい女性が政治の世界に入るのをためらったり、議員になった後に次の子を出産するのをあきらめたりするのは当然だろう。安心して出産できない議会で女性が少数派かゼロであり続けたら、政治は多様な社会のありようをいつまでも反映できない。
有権者も議員の産休を個人の問題としてではなく、地域を住みやすく、活力あるものにするために不可欠な仕組みとして理解すべきだ。女性を政治の意思決定の場に増やすきっかけとすることで、社会はよりよい方向へ変わっていく。
(近藤英次)
[日本経済新聞朝刊2021年1月18日付]
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