リモート役員、病院に転職…… 新常態で仕事を変革

2021/1/11
唐津城や玄界灘を見渡す自宅でリモートワークする林原さん(佐賀県唐津市)
唐津城や玄界灘を見渡す自宅でリモートワークする林原さん(佐賀県唐津市)

新型コロナウイルスの感染拡大が長期化するなか、仕事や住まいを見直す人たちがいる。複数の仕事を組み合わせたり、暮らしを変えたりすることで新しい働き方が見えてくる。新常態(ニューノーマル)では一人ひとりが自分のキャリアをデザインする時代になりそうだ。

初のリモート役員に 息子と暮らすため佐賀へ転居

AIG損害保険執行役員の林原麻里子さんが東京都文京区の自宅を引き払って佐賀県唐津市に引っ越したのは2020年7月3日のことだ。4月の緊急事態宣言後に全社員が在宅勤務となった。

港区で働いていた林原さんにとってそれまで都内で暮らすのが当たり前。だが毎日自宅で過ごすようになると「ここに一人でいる意味があるのかと考え始めた」。唐津で寮生活をしている一人息子と一緒に暮らしたいと思った。

相談を受けたケネス・ライリー社長兼最高経営責任者は「ぜひやってほしい」と答えた。同社は全国99カ所に拠点を持つが、30人の役員はほとんどが首都圏在住だ。BCP(事業継続計画)の観点からももっと分散した方がいい。

社員についてはすでに会社都合による転勤を原則廃止している。望まない転勤をなくすだけではなく、望む場所で働けるようにすれば一層、働きやすくなる。こうして初の「リモート役員」が誕生した。社員からは「自分の選択肢も広がる」と期待の声が上がった。

移住してからの林原さんは新しいコミュニケーションの取り方を模索した。頻繁に顔を合わせていた隣の部の部長のほか、担当分野が直接関連しない役員とも1対1で定期的に情報交換を始めた。夏休みに家族とワーケーションを試みた役員もいる。

今春には経理など管理部門の社員約10人も東京以外の地域に引っ越す。リモート勤務を3カ月程度試験運用し、その後ガイドラインなどを作って制度化を目指す。林原さんは海を見ながら仕事できること、家族と暮らせることの幸せに気づいた。「望む勤務地で働くことによって、会社へのロイヤルティー(忠誠心)や仕事へのモチベーションは上がる」ことも実感した。

子育てや介護でリモートを希望する例は想定できる。林原さんは「キャリアは会社が与えてくれるものではなく、主体的に選び取るものという意識に変えたい」と話す。

コロナ禍で「住まい見直し」24%

日経ウーマノミクス・プロジェクトが20年12月、630人に聞いた調査では、24%がコロナ禍で住まいを見直した。リモート中心で働く人に限れば32%にのぼる。家具の配置換えやリフォーム、転居、多拠点生活など内容は多岐にわたる。新しい時代の働き方、暮らし方を模索している人が多いことがわかる。

「コロナ後も在宅勤務制度が続くことを見越して、希望だった実家の近くへ引っ越すことを考えている」「職場の関係で夫とは別居していたが、リモート勤務が常となる場合は同居することを考えている」「全てリモートになったので(コロナが終息したら)世界を旅しながら暮らしたい」。このように今後住まいを見直したい、と答えた人も全体で44%いた。

観光業復活に備えて医療・介護の知識を身につける

仕事そのものを変えざるをえなかった人もいる。都内の大学病院で働く勝又宏美さんは1年前までツアーの添乗員だった。月の半分以上を海外で過ごしていた生活はコロナで様変わりした。だが、勝又さんは「病院での経験が今後、添乗員としてのキャリアにプラスに働く」と考える。

高校卒業後は地元愛知県の企業で一般事務をしていた。ワーキングホリデーでニュージーランドへ行き、現地ガイドを務めたことで添乗員の仕事に興味を持った。帰国後に上京し、17年間で70カ国・地域を訪れた。

20年は3月13日にイタリアから帰国したのを最後に、すべてのツアーがスケジュールから消えた。仕事がなければ原則、無収入となる。5月ごろまでは休業手当などで生活していたが今後の見通しが立たない。実家に戻ることも考えたが、添乗員の仕事は東京に集中しており、離れるわけにはいかない。

派遣会社に登録し、スーパーの店員や倉庫業務などの仕事の中から看護助手の道を選んだ。相手が観光客であれ患者であれ、満足してもらうために最善を尽くすことに変わりはない。いつか観光業は復活するだろう。そのとき医療の知識を持った添乗員がいれば、高齢者も安心して旅行できるはずだ。

これまでも震災などで添乗の仕事は影響を受けてきた。別のスキルを持つことで不安なく添乗の仕事も続けられる。休日は学校に通い、介護の資格も取った。

新常態では時間と場所の自由度が高まり、仕事と合わせて暮らしを見直す人が増える。仕事も副業や社会活動などと組み合わせることでスキルアップが可能になる。リクルート住まいカンパニーの池本洋一SUUMO編集長とリクルートキャリアの藤井薫HR統括編集長は「これからは働き方改革ではなく、暮らしと仕事を合わせた『クラシゴト改革』を進める必要がある」と指摘する。

1人ひとりが「今までと違う自分」 成長の源泉に
日経ウーマノミクス・プロジェクトの調査では、週の半分以上出社する人が半数を超える。毎日出社の人も40%いた。すべての業種がリモートに転換できるわけではなく、出社が不可欠な仕事も多い。ただ、遠隔で働ける職種なのに「会社が導入せず、住み替えなどができない」など変化の機会を与えられない人もいる。
多様な人々が集まり意見を出し合うことで組織や社会は強くなる。だが今は人の行き来やコミュニケーションが大幅に制限されている。それでもそれぞれが副業や資格取得、移住などを通じ多様な価値観を身に付けることは可能だ。一人ひとりが「今までと違う自分になろう」とダイバーシティを心がけることが後に、組織や社会の成長力になるのではないか。
(女性面編集長 中村奈都子)

[日本経済新聞朝刊2021年1月11日付]