救急車と医師、店の駐車場で合流 救命治療を素早く
患者を運ぶ途中の救急車が、医師を乗せたドクターカーと迅速に合流できるようコンビニなど民間駐車場を活用する取り組みが出ている。合流により、病院に着く前から医師が救急車やドクターカーの中で治療を始めることができる。民間駐車場を合流地点として事前に決めておくのは珍しい。交通量の多い都市部を中心に円滑な合流を目指す。
兵庫県尼崎市の県道沿いのコンビニ店頭に「ドッキングポイント(合流地点)設置協力店」と書かれたポスターが貼られている。患者を搬送する救急車と、病院から医師を乗せて出発したドクターカーが、店の駐車場で合流することがあることを示したものだ。
取り組みが始まったのは2020年7月。市内でドクターカーを持つ県立尼崎総合医療センターと関西ろうさい病院と、市消防局の3者が連携し、コンビニオーナーらに合流地点として登録してもらうよう呼びかけた。コンビニや薬局の9店舗が賛同した。
救急医療では数分の差が生死や後遺症に大きく関わる。搬送途中の救急車に医師が乗り込めば、病院に向かいながら心肺停止など一刻を争う救急患者に治療を始められる利点がある。救急車とドクターカーが合流する救急体制は全国各地で敷かれている。
尼崎市では他の自治体と同様に、これまで市内10カ所の消防署や道路上で合流してきた。ただ交通量も多く「道路上のドッキング(合流)には交通事故など二次災害の危険も伴う。電話で似た地名を聞き間違えることもあった」(関西ろうさい病院の高松純平救急部長)ことなどから、今回の仕組みが生まれたという。
実際の搬送事例でも効果を発揮した。20年10月にドクターカーで合流を経験した県立尼崎総合医療センターの菅健敬小児救急集中治療科長は「薬局駐車場を活用し、医師が救急車に合流するまで3、4分ほど短縮できた」と振り返る。同センターでは小児ドクターカーが年約500件の要請に対応する。成人よりも救急隊でできる処置が限られる小児に対し、早期に医師が治療を始められる。
福岡市でも同様の取り組みが20年1月から始まった。約200店のコンビニと協定を結び、駐車場を合流場所として使う。安全な合流場所の確保が目的だ。これまで道路上で安全に合流できないときは消防署を活用してきたが、病院へのルートから外れるなど時間がかかるケースもあった。
民間の駐車場の活用には課題もある。
福岡市のドクターカーの出動は年間138件(19年)に上るが、約200店の駐車場が合流地点として活用されたのは20年12月時点で1件にとどまる。市消防局の担当者は「街がコンパクトなため現時点では現場で直接合流した方が早いケースが多い」と話す。
尼崎市でも12月上旬までに活用したのは2件だ。合流地点は、患者がいる現場と病院との中間あたりにあることが望ましく、9店舗だけではこの条件に合わないことが多いという。良い立地の駐車場があっても店舗の協力が得られないこともあり、まずは店舗や住民に活動を知ってもらうことが必要との声が上がる。周辺自治体に広げていくことも視野に入れており、広域連携も今後の課題となる。
民間の駐車場活用の先行事例は兵庫県豊岡市だ。公営の豊岡病院と豊岡市消防本部が連携し、10年からスタート。今では豊岡市に34カ所、同市を含む3市2町の但馬地域全体では80カ所を民間で確保する。但馬地域は兵庫県の4分の1の面積を占めるが、高度な治療を提供する救命救急センターが1施設しかない。消防署だけでは合流地点が足りないとの事情がある。
日本救急医学会の評議員で順天堂大救急・災害医学研究室の岡本健教授は「救急車とドクターカーのスムーズなドッキングは救急現場にとって重要だが、合流地点は地域で十分検討して選定すべきだ。都会や郊外、地方など病院周辺の環境や条件で事前確保の必要性は異なる」と指摘する。
導入に際しては「合流地点では救急車のサイレン音が聞こえたり、コンビニなどの利用者の駐車に影響が出たりすることも予想される。地域住民に周知し理解を得るなどトラブルが起こらない環境づくりが欠かせない」と助言する。
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救急車出動 20年で1.8倍
救急車の出動件数は高齢化を背景に増加しており、現場到着までの時間や患者の病院搬送までの時間も伸びる傾向にある。
総務省消防庁によると、2018年の救急車の出動件数は前年比4.1%増の660万5千件、搬送人数も同3.9%増の596万人でいずれも過去最多となった。1998年の出動件数は370万1千件で、20年間で約1.8倍に増えている。
救急車が現場に着くまでにかかった時間の平均は18年が8.7分。98年の6.0分から2.7分伸びた。病院に運ばれるまでの平均時間も98年の26.7分から18年は39.5分と約1.5倍となった。
(斎藤毬子)
[日本経済新聞朝刊2021年1月4日付]
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