コロナ禍で配信ライブの道開く 音楽、2020年の収穫
評論家が振り返る
音楽もコロナ禍で公演中止や延期が相次いだが、芸術の力を示す演奏や、配信ライブの成果があった。評論家が振り返る。
オペラ・山崎浩太郎 新たな創造への挑戦
(11月、新国立劇場)
(2)バッハ・コレギウム・ジャパン「リナルド」
(11月、東京オペラシティコンサートホール)
(3)「ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~」
(11月、日生劇場)
コロナ禍で中止や延期が続いたが、秋以降に印象的な公演が続いた。
藤倉大作曲の新作(1)は、圧政の悲劇を、緊迫感にみちた音楽と演出で描いた。困難な状況下でも失敗を恐れず、新たな創造に挑戦するオペラ芸術監督、大野和士の功績である。同劇場の「夏の夜の夢」と「こうもり」も良質な公演だった。
(2)はセミ・ステージ形式だが工夫をこらし、指揮の鈴木優人と日本在住の歌唱陣が、バロック・オペラ独自の魅力を味わわせた。
(3)はコロナ禍のためにヒロイン中心に短縮した特別バージョン。文字どおりのひとり舞台で熱唱した、森谷真理が圧倒的だった。
ジャズ・青木和富 状況への内省と反撃
(1月、ミューザ川崎)
(2)上原ひろみ
(9月、ブルーノート東京)
(3)エル・テンポ directed by シシド・カフカ
(10月、ブルーノート東京)
今年は人と人が近づけないという環境が、いかに深刻であるかを改めて教えられた。ライブ配信は確かに一つの抜け道だが、最新の情報網であっても数分の1秒の遅延がある限り、音楽の共演、共有は不可能なのである。1月のクラシックのサックス奏者・須川展也を含むシンプルな4人の即興演奏を展開した(1)は、まさに緊密な音楽の愉悦であり、今は遠い記憶のようだ。コロナ状況下の(2)のロング・ソロ公演は、米国のピアニスト、ブラッド・メルドーが緊急制作した最新ソロ作品同様、この状況の音楽的な真摯な内省と反撃と言っていい。打楽器の集団即興の(3)は、音楽がこの共同社会の営みの根源にあるものに触れていた。
ポピュラー・渋谷陽一 配信ライブ、究極の形
(1月、Zepp東京)
(2)ビリー・アイリッシュ
(10月、配信)
(3)宮本浩次
(6月、配信)
(1)結果的に僕が2020年にリアルで見た唯一の洋楽のライブとなった。まだ1月ではあったが、これが年間を通じてベストのライブになるのではないかと思ったほど、ドラマチックなステージだった。
(2)今年のグラミー賞で主要4冠を独占して話題をさらった10代の女性歌手が、現在考えられるオンラインライブの究極の形を示した歴史的なパフォーマンスだった。特に映像スキルの高さに圧倒された。
(3)プライベートスタジオからのギターの弾き語りを自身の誕生日にオンラインで配信した。ビリー・アイリッシュとは対照的に、何の演出もない映像が新鮮で、音楽と人だけで引きつける力は素晴らしかった。
クラシック・江藤光紀 壮絶なメッセージ
(11月、サントリーホール)
(2)サントリーホール サマーフェスティバル2020
(8月)
(3)イリーナ・メジューエワ ベートーヴェンピアノ・ソナタ全曲演奏会第5.6回
(9月、東京文化会館)
コロナはこれまで自明だった前提に大きなインパクトを与えた。様々なハードルを越え来日した(1)は演奏によって壮絶なメッセージを発し、芸術の力・存在感を示した。海外との往来が止まったことで、埋もれがちな国内の活動にも光が当たった。邦人作曲家の大規模な管弦楽曲の上演は年々難しくなっているが、(2)は5回の公演のうち3回で若手を含む11作(うち初演6)の管弦楽曲を上演。日本の作曲界の創造力を示した。ベートーヴェン生誕250周年では、日本を拠点とする(3)の充実ぶりが印象的だった。
クラシック(関西)藤野一夫 自主制作オペラの力
(3月、びわ湖ホールより配信)
(2)小林研一郎指揮、読売日本交響楽団
(10月、フェスティバルホール)
(3)ゲルギエフ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(11月、フェスティバルホール)
無観客ライブ配信で注目を集めた(1)は、最強の自主制作オペラ。複雑なライトモティーフの絨毯(じゅうたん)が深々と輝かしく編み上げられ、京都市交響楽団のスタミナと表現力に舌を巻いた。
(2)は80歳を迎えた巨匠による円熟の「英雄」。小細工を排して音楽そのものに没入する自然体が唯一無二の宇宙を拓(ひら)いた。その懐の深さと広がりの背後に楽聖の温かな眼差(まなざ)しを見た。
コロナ禍での奇跡の贈り物(3)。「悲愴(ひそう)」の終結部で地底からの深甚な語りに戦慄が走った。心臓の鼓動が止まる瞬間。それは大きな命の脈動と繋(つな)がっていた。
[日本経済新聞夕刊2020年12月22日付]
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